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回答:効果の高い『シングリックス』、副反応が少なく値段の安い『生ワクチン「ビケン」』
『シングリックス(一般名:乾燥組換え帯状疱疹ワクチン)』と『生ワクチン「ビケン」(一般名:乾燥弱毒生水痘ワクチン)』は、どちらも50歳以上の帯状疱疹の予防に使うワクチンです。
『シングリックス』は、高い効果が長続きするワクチンです。
『生ワクチン「ビケン」』は、副反応が少なく安価なワクチンです。
そのため、効果の高い『シングリックス』 を選ぶのが基本ですが、副反応が出ると仕事に支障が出る、ワクチン接種にそこまでお金をかけられない、といった事情がある場合には『生ワクチン「ビケン」』を選ぶこともあります。
回答の根拠①:『シングリックス』の高い予防効果
『シングリックス』と『生ワクチン「ビケン」』は、どちらも50歳以上の帯状疱疹の予防効果が確認されているワクチンですが、新しい『シングリックス』の方が効果は高く長続きし、接種から8年以上の長期にわたって90%近い効果を発揮し続けることがわかっています1,2,3)。
そのため、通常はより確実に帯状疱疹を防いでくれる『シングリックス』を選ぶのが基本です。
※接種から3年間の発症予防効果
シングリックス :97~98%
生ワクチン「ビケン」:50%
※発症予防効果はいつまで維持されているか
シングリックス :8年後で85%、10年後でも73%の効果を維持
生ワクチン「ビケン」:5年程度は持続するが、8年後にはほぼ消失
1) Viruses.14(12):2667,(2022) PMID:36560671
2) Cochrane Database Syst Rev . 2023 Oct 2;10(10):CD008858. PMID:37781954
3) Open Forum Infect Dis.9(10):ofac485,(2022) PMID:36299530
70歳以上の人は『シングリックス』の方が確実
『シングリックス』は50代から80代まで年齢に関係なく90%近い予防効果が一貫して得られる一方、『生ワクチン「ビケン」』では加齢に伴って効果が弱まり、70代以降では20~40%程度の効果になってしまう可能性があります1)。
そのため、70歳以上の人がワクチン接種を考える際には『シングリックス』を選んでおいた方が確実です。
「帯状疱疹後神経痛」を防ぐ効果も『シングリックス』の方が高い
帯状疱疹では、皮膚症状が治ってからもピリピリ・ビリビリした神経痛が残ることがあります。この「帯状疱疹後神経痛」は帯状疱疹になった5人に1人に起こり4)、25人に1人はこの痛みが1年以上続く5)、とされているほど、よくある厄介な合併症です。
ワクチンはこの「帯状疱疹後神経痛」も防いでくれますが、その効果も『シングリックス』の方が高めです1)。
※帯状疱疹後神経痛を防ぐ効果(接種から3年間)
シングリックス :約90%
生ワクチン「ビケン」:約50%
4) J Epidemiol.25(10):617-25,(2015) PMID:26399445
5) J Eur Acad Dermatol Venereol.28(12):1716-22,(2014) PMID:25564680
回答の根拠②:副反応が少なく、安価な『生ワクチン「ビケン」』
効果の高い『シングリックス』ですが、副反応で注射した場所の痛みや腫れ、さらに発熱などの全身症状を起こしやすく、その症状も『生ワクチン「ビケン」』よりも強く現れる傾向にあります2)。
※Phase3の副反応発現率 6,7)
シングリックス :局所症状は74.1~81.5%、全身症状は43.8~58.2%
生ワクチン「ビケン」:局所症状は50.6%、全身症状は3.9%
そのため『シングリックス』の接種は”休みの前日”に行う等の対策が必要になりますが、『シングリックス』は2回接種が必要なため、毎回発熱していると現役世代や自営業の人では仕事に支障が出る恐れがあります。忙しい間は5年程度のそこそこの予防効果でも良いので一旦ワクチン接種をしておく、という場合には『生ワクチン「ビケン」』も良い選択肢になります。
6) シングリックス筋注用 添付文書
7) 乾燥弱毒生水痘ワクチン「ビケン」 添付文書
また、『シングリックス』は1回の接種に20,000円近くかかるため、合計で40,000円ほど必要になりますが、これは8,000円程度で接種できる『生ワクチン「ビケン」』の5倍近い負担です。
※接種にかかる費用
『シングリックス』 :約40,000円(20,000円×2回)
『生ワクチン「ビケン」』:約8,000円(8,000円×1回)
帯状疱疹のワクチンは公費補助も検討されています(※NHKニュース)が、現状は全額が自己負担です(※一部自治体では補助金が出るところもあります)。ワクチン接種にそこまでお金をかけられない場合には『生ワクチン「ビケン」』を選んでおくというのも手です。
薬剤師としてのアドバイス:帯状疱疹は、予防も治療も簡単ではない
帯状疱疹は、主に加齢や疲れ・ストレスが原因で起こりますが、これらの原因を人生から取り除くのは非現実的です。つまり、効果的な予防策がほぼ存在しない疾患と言えます。
また、帯状疱疹には確かに治療薬がありますが、抗ウイルス薬(例:バラシクロビル)には薬剤性の腎障害や脳症、神経痛治療薬(例:プレガバリン)には眠気やふらつき・転倒といったリスクがあり、気軽に使える薬とは言えません。
これらの点から、帯状疱疹はワクチン接種によって「リスク回避」と「ダメージコントロール」を行っておくことが重要です。50歳以上の人は接種対象ですので、気になった方はぜひ一度かかりつけの病院や薬局で相談してみてください。
ポイントのまとめ
1. 『シングリックス』は、90%近い発症予防効果が8年以上続くが、高価で副反応も強め
2. 『生ワクチン「ビケン」』の効果は50%程度で、5年ほどしか続かないが、安価で副反応も少ない
3. 帯状疱疹のワクチンは、リスク回避とダメージコントロールの観点から重要
添付文書、インタビューフォーム記載内容の比較
◆一般名
シングリックス:乾燥組換え帯状疱疹ワクチン
生ワクチン「ビケン」:乾燥弱毒生水痘ワクチン
◆ワクチンのタイプ
シングリックス:不活化ワクチン
生ワクチン「ビケン」:生ワクチン
◆販売開始
シングリックス:2020年1月
生ワクチン「ビケン」:1987年3月
◆効能・効果
シングリックス:帯状疱疹の予防(50歳以上、またはリスクが高い18歳以上)
生ワクチン「ビケン」:水痘の予防、50歳以上の帯状疱疹の予防
◆接種回数・方法
シングリックス:2回(2ヶ月間隔)、筋肉注射
生ワクチン「ビケン」:1回のみ、皮下注射
◆Phase3の副反応の発現率
シングリックス:局所症状は74.1~81.5%、全身症状は43.8~58.2%
生ワクチン「ビケン」:局所症状は50.6%、全身症状は3.9%
◆製造販売元
シングリックス:グラクソ・スミスクライン
生ワクチン「ビケン」:阪大微生物研究会
+αの情報①:水ぼうそう(水痘)にかかってなくても、ワクチンは接種した方が良い?
通常、多くの人は幼少期のころに”水ぼうそう(水痘)”にかかりますが、このときに感染した「水痘・帯状疱疹ウイルス」は、その後何十年も神経の中に潜み続けています。このウイルスは普段は大人しくていますが、加齢やストレス・疲れなどによって身体の抵抗力が弱まってくると活動を再開します。このとき発症するのが「帯状疱疹」です。
…ということは、”水ぼうそう”にかかったことがなければ帯状疱疹にならないのかというと、そういうわけでもありません。”水ぼうそう”としてはっきり発症していなくても、ウイルスには感染していることが多々あるからです。実際、日本人の成人の95.2%がこのウイルスに対する抗体を持っている(=感染歴がある)という調査結果8)もあるため、基本的には誰でも”感染したことがある”ものとして対応するのが妥当です。
なお、大人になって初めてこのウイルスに感染すると重症化しやすいため、本当に”水ぼうそう”に一度もかかったことがない人は、むしろ早めにワクチン接種することが推奨されています8)。
8) 国立感染症研究所 IASR.39(8):129-130,(2018) ※リンク
+αの情報②:「顔」に帯状疱疹の症状が出ている場合は要注意
帯状疱疹の症状が「鼻(鼻の先・鼻筋)」に現れている(Hutchinson’s sign)場合、放置すると眼の角膜損傷を起こし、最悪の場合は”失明”に至る恐れがあります9)。一般的に、帯状疱疹の皮膚症状は背中やお腹に現れることが多いですが、顔に症状が出ている場合はすぐに病院を受診するようにしてください。
9) Graefes Arch Clin Exp Ophthalmol.241(3):187-91,(2003) PMID:12644941
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
はじめまして。
いつも参考にさせて頂いています。
質問なのですが、水ぼうそうの既往がない、またははっきりしない場合は、生ワクチンを打つ、ということで良いのでしょうか。
シングリックスはあくまでも帯状疱疹の予防であって、水ぼうそうの予防としては使えないという認識で大丈夫でしょうか。
日本人の95%が水痘・帯状疱疹ウイルスの抗体を保有している=感染歴があると推計されています(国立感染症研究所感染症疫学センター, IASR.39(8):129-130,(2018))ので、「水ぼうそう」に罹ったという明確な記憶がなくても、基本は”感染したことがある”として対応するのが妥当かと思います(なので『シングリックス』で良さそう)。
この点、記事内にも少し加筆修正いたしますm(__)m