今さら聞けないインフルエンザの予防接種の話~ワクチンの効果と、よくある誤解
インフルエンザは、ワクチンを接種しても感染・発症することがあります。また、発症すれば38℃を超える高熱や強い関節痛を感じるため「重症化」したように思えます。こうした経験から「ワクチンは無意味」と思われがちですが、まずはワクチンの効果を正確に知ることが大切です。
記事の内容
ワクチンの「発症を防ぐ効果」は?
インフルエンザはシーズンによって流行する型が変わるため、ワクチンによる「発症予防」の効果にも45~76%と多少の変動があります1,2)。しかし、小さな子どもから高齢者まで、平均すると60%くらいの「発症予防」の効果が確認されています3,4,5)。
確かに、接種すれば発症を100%防いでくれるような劇的な効果があるわけではありませんが、時点で行える手段としては、”最も確実にリスクを減らしてくれる予防法”と言えます。実際、WHO(世界保健機関)も「The best way to avoid getting the flu is to get the flu vaccine every year.」と、ワクチン接種を最も効果的な予防方法として提示しています6)。
1) Vaccine.36(8):1063-1071,(2018) PMID:29361343
2) PLoS One.10(8):e0136539,(2015) PMID:26317334
3) Cochrane Database Syst Rev . 2018 Feb 1;2(2):CD004879. PMID:29388195
4) Cochrane Database Syst Rev . 2018 Feb 1;2(2):CD001269. PMID:29388196
5) Cochrane Database Syst Rev . 2018 Feb 1;2(2):CD004876. PMID:29388197 6) WHO 「How can I avoid getting the flu?」
「予防効果60%」とは~ワクチンの予防効果の正確な意味
ワクチン接種による予防効果60%の意味を、「ワクチン接種した人の10人中6人が罹患しない」だと誤解している人も少なくありません。しかしこれでは、そもそもインフルエンザが流行しなかった年にワクチンの効果が過大評価されてしまうことになります。
正しくは、「ワクチンを非接種で発症した人の60%は、もしワクチンを接種していれば発症しなかったと推算される」ことを意味します。
この時、「接種しなくても発症しなかった人」や「接種したけど発症した人」は明らかに自覚できるため、その経験談がSNSなどでも目立ってしまう一方、「ワクチンのお陰で発症しなかった人」は非常にわかりにくくなっています。このことが、「ワクチンなんて意味がない」と誤解されてしまう大きな原因の1つになっています。
ワクチンの「重症化を防ぐ効果」は?
インフルエンザのワクチンには「発症」だけでなく、「重症化」を防ぐ効果もあります。これもシーズンによって多少の変動はありますが、小さな子どもから高齢者まで平均すると50~55%くらいの「重症化予防」の効果が確認されています7,8,9,10)。
さらに、重症化リスクの高い子どもや高齢者では、インフルエンザに関連した死亡を40~65%ほど減らせる効果も確認されています12,13)。
7) Vaccine.36(8):1063-1071,(2018) PMID:29361343
8) J Infect Dis.220(8):1265-1275,(2019) PMID:30561689
9) N Engl J Med.357(14):1373-81,(2007) PMID:17914038
10) J Infect Chemother.24(11):873-880,(2018) PMID:30100400
11) PLoS One.8(1):e52103,(2013) PMID:23326324
12) Pediatrics.139(5). pii: e20164244,(2017) PMID:28557757
13) J Clin Epidemiol.67(7):734-44,(2014) PMID:24768004
つまり、インフルエンザのワクチンには「インフルエンザに感染・発症するリスクを減らす(リスク回避)」効果が60%ほどと、「もしインフルエンザを発症しても重症化するリスクを減らす(リスク管理)」効果が50%と、2つの効果が期待できるということです。
多くの人が勘違いする「重症化」の意味
インフルエンザを発症すると、普通の風邪とは異なり「38℃を超える高熱」が出たり、「ひどい関節痛・筋肉痛」を感じたりするため、十分に「重症化」したように思えます。そのため、「予防接種をしていたのに発症した、しかも重症化した」と考えてしまうのに無理はありません。
しかし、ワクチンの効果を述べる際に使う「重症化」とは、「生命に関わる事態」や「入院が必要になる事態」に陥ることを指す、ということに注意が必要です。
健康な成人であれば、インフルエンザは基本的に薬を使わなくても73~87時間程度で治癒します14)。ところが、5歳未満の小児や65歳以上の高齢者、喘息や糖尿病・免疫疾患などの持病を持つ人では、インフルエンザを発症すると「重症化」しやすい15)ため、特にワクチンによる予防が重要になります
14) N Engl J Med.379(10):913-23,(2018) PMID:30184455
15) 厚生労働省「新型インフルエンザのハイリスク群について」
ワクチンを接種しておくと、症状も軽くて済む
もし運悪くインフルエンザに罹ってしまったとしても、ワクチンを接種しておくとその症状は軽くて済む傾向にあります。たとえば3歳未満の乳幼児では、39℃を超える高熱が出るリスクがほぼ半分にまで減る16)ことがわかっています。
つまり、インフルエンザのワクチンは「発症」「重症化」を防ぐとともに、つらい症状を軽減するという意味でも有意義だということです。
16) Pediatr Infect Dis J.38(8):866-872,(2019) PMID:31306399
インフルエンザのワクチン接種率が下がった今の日本で起こっていること
1962年から、社会全体のインフルエンザを制圧する目的で、全ての学童生徒を対象にワクチンの集団接種が行われていました。しかし、ワクチンに対する誤解と偏見がマスメディアによって増幅させられていった結果、接種率も低下し、1994年に集団接種は中止されました。
これによって「ワクチンは無意味と国が認めたから集団接種は中止になった」という間違った解釈が広まり、現在も非常にワクチン接種率が低い状態が続いています17)。
こうしたワクチン接種率の低下によって、いま日本では小学校での学級閉鎖の日数が2倍以上に増えていること18)や、インフルエンザの流行によって高齢者の死亡が増加していること19)などが確認されており、集団接種中止の弊害が浮き彫りになってきています。
17) 国立感染症研究所 「インフルエンザワクチンについて」
18) インフルエンザ.8(4):29-33,(2007)
19) N Engl J Med.344(12):889-96,(2001) PMID:11259722
集団接種中止のきっかけの1つ「前橋レポート」
なお、この集団接種中止のきっかけになったとも言われる調査に「前橋レポート」と呼ばれるものがあります。これは、集団接種の効果を測定するために、ワクチンの接種地域と非接種地域を比較し、インフルエンザの予防効果があるかどうかを検討したものです。ワクチンが不要と主張する人の多くはこの報告を根拠にしていますが、1979年に行われたこの報告には色々と問題があります。
※前橋レポートの主な問題点
①比較する群の設定
本来ワクチンの効果を検討するためには、「ワクチンを接種した人」と「ワクチンを接種していない人」を比較する必要があります。しかしこの研究では、ワクチンの接種率が「50%程度の地域」と「20~30%程度の地域」を比較しています。つまり、「接種地域」とされた群でも半数の人がワクチンを接種していない、非常に大雑把な全体比較しかできていないことになります。
なお、同一市内の「2回接種者」と「非接種者」のデータを比較した場合、インフルエンザの発症率は下がっています。
②インフルエンザ罹患者の定義
この「前橋レポート」が報告された1979年は、まだインフルエンザの検査キットも無かった時代です。そのため、「37℃以上の発熱で2日以上欠席した人」や「理由を問わず3日以上欠席した人」も、インフルエンザ罹患者に定義されています。
つまり、インフルエンザ以外の病気で欠席した人やズル休みした人も「インフルエンザ罹患者」に含まれる、非常にノイズの大きな定義になってしまっています。
近年行われた「接種者」と「非接種者」を純粋に比較した研究や、インフルエンザかどうかを検査で確認した研究で、ワクチンの効果や有益性が数多く報告されている中、こうした古い時代の大雑把なデザインで行われた1研究の結果にこだわるのは、賢明とは言えません。
薬剤師としてのアドバイス~偏った情報を基に判断しないで
インフルエンザのワクチンについて、インターネットやSNSでは「接種しても発症した」「接種したのに高熱が出た」といった個人の経験談が非常に多く投稿されています。こうした経験談が目立つために、まるで「ワクチンは無意味なのではないか?」と感じてしまうことに無理ありません。
また、そうした不安や疑問につけこみ、WHOはインフルエンザのワクチン接種を推奨していない、ワクチンには毒が入っている、といったデマも非常に頻繁に出回ります。
医療では、自分自身で情報収集して判断することは大切ですが、このような偏った情報を基にした判断は自分や家族にとって非常に不利益なものになってしまう恐れがあります。目にした情報は「誰が」「どんな目的で」「どういった根拠に基づいて」発信されたものなのかに注意し、もし不安や疑問が膨らんできた際には、かかりつけの医師・薬剤師に直接相談するようにしてください。
ポイントのまとめ
1. インフルエンザのワクチンは、感染・発症のリスクを60%ほど軽減する効果がある
2. インフルエンザのワクチンが防ぐ「重症化」とは、生命に関わる事態・入院が必要になる事態のことを指す
3. 調べ物をしていてワクチンに関する不安や疑問が強くなってきた時は、かかりつけの医師・薬剤師に直接相談する
ワクチンを接種すると「自閉症」になる、というデマ
インフルエンザのワクチンに限らず、ワクチンを接種すると「自閉症」になる、といった情報が出回ることがあります。
この情報の基となったのは、1998年にWakefield AJ氏が発表した「MMRワクチン接種で自閉症が増える」という可能性を指摘した論文です20)。しかし、この論文は内容に虚偽があるとして2010年に既に撤回され、著者は英国医事委員会から医師免許剥奪の処分も受けています。
なお、後の12万例以上の小児を対象にした研究によって、小児に対するワクチン接種が自閉症リスクとは関連しないこと21)、複数のワクチンを接種しても自閉症は増えないこと22)などが報告され、この仮説は否定されています。
20) Lancet.351(9103):637-41,(1998) PMID:9500320 ※撤回論文:RETRACTEDと警告
21) Vaccine.32(29):3623-9,(2014) PMID:24814559
22) J Pediatr.163(2):561-7,(2013) PMID:23545349
虚偽が見つかり撤回され、既に別の報告によって否定もされたような仮説を、今さらさも真実かのように引っ張り出してくるのは、決して冷静な議論とは言えません。
ワクチンに「水銀」が入っているという話
ワクチンには水俣病で問題になった「水銀」が入っている、と主張する意見があります。
確かに、一部のワクチンには殺菌剤として水銀化合物「チメロサール」がごく微量含まれていますが、これから分解生成されるのは「エチル水銀」であり、水俣病で問題になった「メチル水銀」とは性質が大きく異なります。
※エチル水銀とメチル水銀の違い(例:蓄積性)
エチル水銀:半減期は約3.7日で、1ヶ月以内に消失する 23)
メチル水銀:ヒトでの半減期は約70日とされ、消失するのに2年近くかかる
「エチルアルコール(エタノール:飲料)」と「メチルアルコール(毒物)」が同一で語れないのと同様、これら2つの物質も全く別の物として考える必要があります。
なお、国内で使われる季節性インフルエンザのワクチンに含まれる「チメロサール」の濃度は0.004~0.008mg/mLとされ24)、1回の接種(0.25~0.5mL)で体内に入る量は0.001~0.004mg(=1~4μg)と、ごく微量です。これは魚介類を食べた時に摂取する水銀化合物量と比べても少なく、農林水産省の定めた総水銀の基準摂取量4μg/kgを大きく下回る量です25)。
※例:3歳児にインフルエンザワクチンを接種した際の概算
・1回のワクチン接種量:0.5mL
・含有するチメロサールの量:0.004~0.008mg/mL×0.5mL=2~4μg
・3歳児の耐容週間摂取量:平均13~14kg換算で、52~56μg
→ワクチン接種で体内に入る量2~4μg<耐容週間摂取量52~56μg
23) Pediatrics.121(2):e208-14,(2008) PMID:18245396
24) 厚生労働省 「国内外ワクチンのチメロサール含有量に関する状況」
25) 農林水産省 「水銀・メチル水銀の暫定耐容一週間摂取量」
また、この「チメロサール」が自閉症を起こすリスクについては、上記の研究によって否定されています21)。
ワクチンに「ホルムアルデヒド」が入っているという話
一部のワクチンの製造工程ではウイルスなどを不活化させる際に「ホルムアルデヒド」を使うことがあるため、完成したワクチンに「ホルムアルデヒド」がごく微量残存することがあります。しかし、ワクチンに含まれる可能性のあるごく微量では、健康への影響は無視できるものと結論づけられています26)。
26) 食品安全委員会「H5N2亜型不活化ワクチン」
多量を摂取すれば毒になるのは「水」や「醤油」・「塩」・「砂糖」なども同じです。量を無視して危険性を語ることはできません。
ワクチンで「ギランバレー症候群」になるという話
インフルエンザのワクチン接種には「ギランバレー症候群」を誘発する可能性が指摘されています27)。
しかし、これは100万回の接種に1例程度の非常に稀なもの28)とされ、またインフルエンザを発症してしまうことの方が、このリスクは17倍ほど高いとする研究報告29)もあります。
27) Vaccine.33(31):3773-8,(2015) PMID:25999283
28) CDC:「Vaccine Safety Guillain-Barre Syndrome」
29) Lancet Infect Dis.13(9):769-76,(2013) PMID:23810252
そのため、ワクチン接種によってリスクを減らすことが重要です。
新型コロナのワクチンに関するデマにも注意
インフルエンザのワクチンだけでなく、新型コロナのワクチンに関しても色々なデマが広まっていますので、注意してください。
→新型コロナのワクチン、打った方が良い?~mRNAワクチンの効果と安全性、よくある誤解
貴重な情報の提供有難うございます。
予防接種を受けた人から感染するという事は無いのでしょうか?
弱毒化しているとはいえウイルスを体に入れて抗体を作るという事は接種した人は疑似的に罹患した人なのかなと思っています。
本人は免疫が出来て良いのかもしれませんが、その人と濃厚接触した人については大丈夫でしょうか。
私はアレルギーがあるのと一度インフルエンザの予防接種を受けた後に酷く風邪症状になり寝込んだことがあり、検査を受けたらインフルエンザと診断されそれ以来予防接種は受けないようにしています。
それ以外にインフルエンザの予防接種を受けたという人と一緒にいた後、発熱やインフルエンザ発症が何度かあり経験的に懸念しています。(それを避けるようにしたらいくら周囲で流行っていても貰ったことはありません)
予防接種を受けた人から感染するという事は無いのでしょうか?
>弱毒化しているとはいえウイルスを体に入れて
本文中にも記載しておりますが、mRNAワクチンにウイルスは含まれていません。「よくある誤解12」を参照してください。
>インフルエンザの予防接種を受けた後にインフルエンザになった
ワクチンの効果は100%ではありませんので、「ワクチンを接種したのに発症した」「接種しなかったのに発症しなかった」といった”個人的な経験”はいくらでも起こり得ます。
ただ、「自分の付き合った人が3人とも浪費家だった」からといって「世の中の男性・女性が全て浪費家だ」と決めつけるのは早計であるのと同様、ワクチンでも個人的な経験だけでワクチン全体の効果を語るのは”木を見て森を見ず”です。
「ワクチンを接種して発症しなかった」「ワクチンを接種したのに発症した」「ワクチンを接種していなくて発症した」「ワクチンを接種していないけど発症しなかった・・・といった”経験”をたくさん集めて実際のところの効果はどうなのかを客観的・統計学的に評価したのが臨床試験です。その臨床試験において、ワクチンには平均して60%ほどの発症予防効果があり、また発症した際にも重症化(例:入院・死亡)リスクを大きく軽減してくれる効果が実証されています。詳しくはこちらを参照してください(→ https://www.fizz-di.jp/archives/1073916148.html )。
>予防効果を受けた人から感染する
「予防接種を受けた人から感染する」のと「予防接種を受けていない人から感染する」を比べれば、予防接種で感染・発症は90%以上減らせるのですから「予防接種を受けた人から感染する」可能性の方が格段に低い、と考えるのが真っ当と思います。もし予防接種で拡散リスクが高まるのであれば、今ごろイスラエルやアメリカは大変なことになっています。
インフルエンザワクチンは毎年ワクチンを打つことで前回接種時や感染時の獲得免疫のブースター効果は望めるのでしょうか?
また、インフルエンザに限らず、ワクチン接種後に感染者やウイルスに遭遇することでブースター効果を望むことができるのでしょうか?
様々なワクチンを十把一絡げには語れないので、あくまでインフルエンザのワクチンに関しての見解です。
前年のワクチン接種が抗体価に影響することを示唆した文献はありますが、それが臨床的にどの程度の効果として現われるのかはわかっていません。
WHOが毎シーズンの接種を推奨しているのは、シーズンによって流行するインフルエンザの型が異なることが主な理由です。
また、インフルエンザに関してはワクチンで得られる予防効果は6割程度です。
明確な根拠のないブースター効果を期待して感染者と濃厚接触すると、単にインフルエンザを発症するだけで終わる可能性もあり、お勧めはできないかなと思います。