添付文書に記載された副作用頻度の数字を、単純比較してはいけない理由
添付文書やインタビューフォームには、副作用の頻度が記載されていますが、この数字を単純に比較しただけで「どちらの薬の副作用が多いか」を判断することはできません。それは、どういった母集団から計測された「頻度」なのかが、全く異なることがあるからです。
記事の内容
『ロキソニン』と『セレコックス』の消化性潰瘍、どちらが多い?
例えば、鎮痛薬としてよく使われている『ロキソニン(一般名:ロキソプロフェン)』と『セレコックス(一般名:セレコキシブ)』の添付文書には、どちらも消化性潰瘍の副作用が記載されています。
それぞれの発生頻度を見比べてみると、『ロキソニン』は0.05~0.1%未満、『セレコックス』は0.2%と書かれています1,2)。
■ロキソニン(左)とセレコックス(右)の添付文書の記載 1,2)
1) ロキソニン錠 添付文書
2) セレコックス錠 添付文書
この数値だけを比較すると、『ロキソニン』よりも『セレコックス』の方が2~4倍近く消化性潰瘍を起こしやすい、ように思えてしまいます。しかし、これには違和感を抱く人が多いはずです。それは、『セレコックス』はCOX-2の選択的阻害薬で、既存のNSAIDsよりも胃腸障害が少ないという特徴を持った薬だ、ということがよく知られているからです。
では、なぜこのような違和感のある数字になったのでしょうか。
その数字は、どんな集団に対してどのくらいの量を使った時の「頻度」なのか
男性100人と女性20人に「白米とパンどちらが好きですか」と尋ねたところ、「白米が好き」と答えた人が、男性で75%、女性で25%でした。だから、男性の方が3倍ほど白米好きだ。…こういう調査結果があったとしたら、どんな感想を抱くでしょうか。
「なぜ男女で人数が違うのか?」
「対象となったこの男性と女性は、どういう基準で選んだのか?」
…こういう点に疑問を感じるはずです。
例えば、日本人男性100人とフランス人女性20人を対象にしていたのだとしたら、日本人男性の方が白米好きが多くて当たり前だからです。そんな母集団の偏ったアンケート調査には、何の意味もありません。
薬でも同じです。母集団になった患者背景や薬の使用量・期間が異なる臨床試験から得られた結果の数字を並べても、妥当な比較はできません。
今回の、『ロキソニン』の「0.05~0.1%未満」と『セレコックス』の「0.2%」という数字についても、そういった患者背景や薬の使用状況の違いによって差が現れているのではないかと考えることができます。そこで、それぞれの数字がどのように算出されたのか、インタビューフォームやメーカー資料を辿ってみます(※どちらも数字の根拠が明確には示されていないので、考察になります)。
■『ロキソニン』の「0.05~0.1%未満」の出所 2)
・承認時までの調査(1,700例)
・1986年3月1日から1992年2月29日までの使用成績の調査累計(11,511例)
・「急性上気道炎」の効能が追加承認された際の調査(275例)
…以上の調査で報告された10件の副作用から算出した数字(0.074%:10/13,486)と考えられます。
3) ロキソニン錠 インタビューフォーム
■『セレコックス』の「0.2%」の出所 4,5)
・関節リウマチや変形性関節症の患者に、薬を2週間以上投与した17の臨床試験(22,075例)
…このデータの解析で得られた数字(0.2%:44/22,075)と考えられます。
4) セレコックス錠「臨床に関する概括評価」
5) Arthritis Res Ther.7(3):R644-65,(2005) PMID:15899051
つまり、『ロキソニン』の分母「13,486」には、腰痛症や頸肩腕症候群などのほか、抜歯や上気道炎の痛みに対する単回投与(頓服)の症例も含まれていることになります。
一方、『セレコックス』の分母「22,075」には、関節リウマチと変形性関節症の患者、それも薬を2週間以上投与した症例しか含まれていません。
これでは、『ロキソニン』の「頻度」が『セレコックス』の「頻度」より小さくなっているのも、なるほどと頷けると思います。
実際に副作用の頻度・リスクを比較するためには・・・
「『ロキソニン』と『セレコックス』で、消化管障害のリスクが高いのはどちらか?」を、より正確に調べようと思ったら、同じ背景の患者を同じくらいの数で集めて、同じ期間だけ薬を飲ませた結果、それぞれどのくらい副作用が起こったか、ということを調べて比較する必要があります。
実際に、関節リウマチ・変形性関節症・腰痛症の患者に対して、薬を4週間使用した際の消化性潰瘍の発生頻度を比較した場合、以下のような数字になることが報告されています6)。
『ロキソニン』0.67%(8/1,190) vs 『セレコックス』0.08%(1/1,184)
6) Digestion.83(1-2):108-23,(2011) PMID:21042022
『ロキソニン』と『セレコックス』の消化性潰瘍リスクを比較する場合には、こちらの数字を比較する方が、より妥当な判断ができるはずです。
数字の見た目に惑わされないために
今回のNSAIDsによる消化性潰瘍のように、比較的メジャーな副作用であれば、添付文書を見比べた時に違和感を抱く人が多いですが、新薬や普段あまり使わない薬、滅多に起こらないような副作用になると、違和感が仕事をしてくれないことも多々あります。その状態で、単純に添付文書の数字だけを比較してしまうと、実情とは全く逆の認識をしてしまうこともあります。
添付文書の記載事項は、薬剤師にとって重要な判断材料・情報源ですが、間違った扱い方をして、患者の不利益につながるような判断や提案をしてしまわないよう、数字の扱いには十分な注意が必要です。
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
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