『ベイスン』・『セイブル』・『グルコバイ』、同じα-GIの違いは?~作用する酵素と副作用、食直前の飲み忘れ対応
記事の内容
回答:消化器系の副作用が少ない『ベイスン』、食後服用も選択肢になる『セイブル』、使用実績が豊富な『グルコバイ』
『ベイスン(一般名:ボグリボース)』・『セイブル(一般名:ミグリトール)』・『グルコバイ(一般名:アカルボース)』は、食後の血糖値上昇を抑える「α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)」です。
『ベイスン』は、下痢や放屁といった消化器系の副作用が少ない薬です。
『セイブル』は、食事開始30分以内であれば服用でき、食後服用も選択肢になる薬です。
『グルコバイ』は、世界での使用実績が最も豊富な薬です。
「α-GI」に特に厳密な使い分けの基準はありませんが、基本的に全て食直前に飲む必要があること、また低血糖を起こした際には必ず「ブドウ糖」を摂らなければならないことなど、やや扱いが難しい薬です。
回答の根拠①:『ベイスン』で少ない消化器系の副作用~阻害する酵素の違い
『ベイスン』・『セイブル』・『グルコバイ』といった「α-GI」は、デンプンや砂糖などの多糖類を「ブドウ糖(グルコース)」に分解する酵素「α-グルコシダーゼ」の作用を阻害し、血糖値の上昇を抑える作用があります。
『セイブル』は、「乳糖(ラクトース)」を「ブドウ糖(グルコース)」と「ガラクトース」に分解する「ラクターゼ」を阻害する作用も持っています1)。そのため、『セイブル』を服用中は消化管内に「乳糖(ラクトース)」が増加し、下痢を起こしやすくなります(乳糖不耐性と同じ原理)。
『グルコバイ』は、デンプンなどの多糖類を分解する「アミラーゼ」を阻害する作用も持っています2)。そのため、『グルコバイ』を服用中は未消化の多糖類が大腸に流入し、腸内細菌による発酵が増えるため、放屁や腹部膨満感を起こしやすくなります。
1) セイブル錠 インタビューフォーム
2) グルコバイ錠 インタビューフォーム
『ベイスン』は、これら「ラクターゼ」や「アミラーゼ」への作用が弱い3)ため、下痢や放屁・腹部膨満などの消化器系の副作用が少ないのが特徴です。
※消化器系の副作用発生頻度 1,2,3)
『ベイスン』・・・・下痢(4.0%)、放屁増加(4.0%)、腹部膨満(3.5%)
『セイブル』・・・・下痢(18.3%)、腹部膨満(14.9%)
『グルコバイ』・・・放屁増加(15.78%)、腹部膨満(13.27%)
3) ベイスン錠 インタビューフォーム
回答の根拠②:『セイブル』は食事開始30分後までOK~食直前の用法
「α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)」は、食事で摂った糖類が分解されるタイミングで作用していなければ効果は得られません。そのため、食事の直前に服用しておく必要があります1,2,3)。
この点、『セイブル』では食事開始から30分後の服用でも血糖値の推移に大きな影響はないことが確認されています4)。
特に、食後服用と食直前服用で3ヶ月間『セイブル』を服用した際、HbA1c値などの変化にも差が出ないことも確認されています5)。
4) Diabetes Res Clin Pract.78(1):30-3,(2007) PMID:17493703
5) Diabetes Obes Metab.10(10):970-2,(2008) PMID:18721256
このことから『セイブル』は、食事自体が30分程度で終わる人や、高齢者など食直前服用が難しいような場合には、食後服用として使うことも選択肢になります。
『グルコバイ』も15分までなら可
『グルコバイ』も食事開始15分後までであれば、効果が得られるとする報告があります6)。
ただし、食事が15分以内に終わるケースは少なく、『セイブル』のように食後服用も選択肢にして良いとまでは言えません。
6) Diabet Med.12(11):979-84,(1995) PMID:8582130
回答の根拠③:世界で最も使われている『グルコバイ』~α-GIのエビデンス
『ベイスン』や『セイブル』に比べ、最初に登場した「α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)」である『グルコバイ』は世界100ヵ国以上で承認され、最も広く使われています1,2,3)。
※「α-GI」が使われている国と地域
『ベイスン』・・・・日本、中国、韓国などアジア5ヵ国
『セイブル』・・・・日本、アメリカ、ドイツ、フランスなど8ヵ国
『グルコバイ』・・・世界124ヵ国
使用実績が豊富な『グルコバイ』では、2型糖尿病患者での心筋梗塞リスクを軽減するという報告7)や、糖尿病の発症を予防するといった報告8)もされています。
7) Eur Heart J.25(1):10-6,(2004) PMID:14683737
8) JAMA.290(4):486-94,(2003) PMID:12876091 ※STOP-NIDDM trial
糖尿病発症抑制は『ベイスン』に保険適用
「α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)」を糖尿病の発症抑制に使う際は、保険適用のある『ベイスン』(※0.2mgのみ)を使うのが一般的です。『ベイスン』は日本人での糖尿病の発症抑制効果が報告されています9)。
9) Lancet.373(9675):1607-14,(2009) PMID:19395079
薬剤師としてのアドバイス:低血糖を起こした時は「ブドウ糖」が必要
いわゆる「砂糖=ショ糖(スクロース)」が糖分補給になるためには、「ブドウ糖(グルコース)」と「果糖(フルクトース)」に分解される必要があります。しかし、「α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)」を服用している場合はこの分解が阻害されるため、砂糖では素早い糖分補給ができません。
このことから、「α-グルコシダーゼ阻害薬(α-GI)」を服用していて低血糖を起こした場合には、必ず「ブドウ糖(グルコース)」を直接補充する必要があります。
低血糖を起こした時の備えとしては、氷砂糖や飴玉ではなく専用の「ブドウ糖」、あるいは「ブドウ糖(グルコース)」を豊富に含んだ飲料を選ぶように注意してください。
ポイントのまとめ
1. 『ベイスン』は「ラクターゼ」や「アミラーゼ」に作用しないため、下痢や放屁の副作用が少ない
2. 『セイブル』は食事開始30分後の服用でも効果があり、食後服用も選択肢になる
3. 『グルコバイ』は世界で広く使われ、心筋梗塞予防や糖尿病発症予防の効果が示唆されている
添付文書、インタビューフォーム記載内容の比較
◆適応症
ベイスン:糖尿病の食後過血糖の改善、耐糖能異常における2型糖尿病の発症抑制(※0.2mgのみ)
セイブル:糖尿病の食後過血糖の改善
グルコバイ:糖尿病の食後過血糖の改善
◆用法
ベイスン:1日3回、食直前
セイブル:1日3回、食直前
グルコバイ:1日3回、食直前
◆消化器系の副作用
ベイスン:下痢(4.0%)、放屁増加(4.0%)、腹部膨満(3.5%)
セイブル:下痢(18.3%)、腹部膨満(14.9%)
グルコバイ:放屁増加(15.78%)、腹部膨満(13.27%)
◆国際誕生年月
ベイスン:1994年7月
セイブル:1996年7月
グルコバイ:1993年3月
◆使用されている国と地域
ベイスン:日本・中国・韓国・タイ・フィリピン
セイブル:日本・アメリカ・フランス・ドイツ・オーストリア・スペイン・スイス・メキシコ
グルコバイ:日本・アメリカ・ドイツなど124ヵ国
◆肝機能検査についての記載
ベイスン:記載なし
セイブル:記載なし
グルコバイ:投与開始後6ヶ月までは月1回、その後も定期的な検査が必要
◆オーストラリア基準(妊娠中の安全性評価)
ベイスン:(評価なし)
セイブル:オーストラリア基準【B3】
グルコバイ:オーストラリア基準【B3】
◆製造販売元
ベイスン:武田テバ薬品
セイブル:三和化学研究所
グルコバイ:バイエル薬品
+αの情報:食後の高血糖はリスクだが、それを取り除けば死亡率が下がるとも限らない
食後の高血糖は、確かに心筋梗塞などによる死亡の危険因子であることがわかっています10)。
しかし、「α-GI」を使って食後の血糖値を下げることが、心筋梗塞による死亡率の軽減につながるかどうかははっきりしておらず11)、現段階ではガイドラインでも「十分なエビデンスはない」と記載されています12)。
10) Diabetologia.47(3):385-394,(2004) PMID:14985967
11) Cochrane Database Syst Rev.(2):CD003639,(2005) PMID:15846673
12) 日本糖尿病学会「糖尿病診療ガイドライン2016」(2016)
このことから、一般的に「α-GI」は糖尿病治療の第一選択薬ではなく、「メトホルミン」製剤など他の治療薬に追加する薬の1つとして扱われています。
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
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