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薬学コラム

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「異世界薬局」の薬学考証裏話~その薬、水にするか粉にするか

 

 異世界に転生した薬学者が現代薬学の知識で色々な病気に立ち向かう物語、「異世界薬局」のコミック版(作画・高野聖/原作・高山理図/2017年 MFコミックス刊」)に、薬学監修としてお手伝いをさせて頂いております。

 タイトルに「薬局」が入っていることからもわかるように、薬が物語に大きく関係しているのですが、毎回内容に薬学的な矛盾や問題点がないか、下書きの段階から非常に細かい考証を行っています。

 今回は、普通に読んでいては見落としてしまうような細部の強烈な「こだわり」・主人公の心遣いまでを十分に楽しむため、私が行っている考証の裏側を一部紹介したいと思います。「そんな事まで考えていたのか!」と感じて頂ければ幸いです。

※「ペスト」に対する監修の裏話(第2弾)→異世界薬局の薬学考証裏話2~「ペスト」治療薬、分包や保管の手間も考慮した選択肢

4話の裏話:皇帝が飲んだ4種の抗結核薬~水薬にするか粉薬にするか

 第4話で、主人公のファルマは皇帝の病気を「肺結核」だと見抜き、その治療薬を選びます。
 この時、最初に考えた「イソニアジド」・「ピラジナミド」・「エタンブトール」の3種では十分な効果が得られないとわかり、「リファンピシン」を追加した4種併用の治療法を決心します。

 結核の薬物治療では、「薬を単剤で使うことは絶対にしてはいけない」という鉄則があります。
 もし薬を単剤で使うと結核菌が耐性化し、治療が非常に困難になってしまいます。実際、1947年に行われた「ストレプトマイシン」の単剤治療では、85%という高い確率で耐性化が起こっています1)。
  
 1) 日本結核病学会 「結核症の基礎知識(改訂第4版)」

 そのため、系統の異なる薬を組み合わせて治療を行うのが、結核治療の基本になります。ファルマが選んだ4種併用の方法は、現実世界でも最も標準的な治療方法です。

 耐性化の進んでいない世界で、いきなり4種併用するのは使い過ぎなのでは・・・?という意見もありましたが、逆にチマチマと薬を使っていては、登場人物が耐性化した結核菌に次々と倒れるバイオハザードになってしまう、ということです。

ビールジョッキで薬を飲む陛下は見たくない!

 5話でファルマが陛下の前に薬を持って現れたとき、抗結核薬は水薬ボトル1本と粉薬2袋(※一人分)という組み合わせで登場しています。

 当初、全部1つのボトルに入った水薬で処方できないだろうか?ということを考えていたのですが、調べてみると「リファンピシン」や「ピラジナミド」は水に溶けにくいことがわかりました。

※水に対する可溶性 2)
リファンピシン・・・溶けにくい
イソニアジド・・・・溶けやすい
ピラジナミド・・・・やや溶けにくい
エタンブトール・・・極めて溶けやすい

※溶質1g又は1mLを溶かすに要する溶媒量(日本薬局方)
極めて溶けやすい・・・1mL未満
溶けやすい・・・・・・1~10mL未満
やや溶けやすい・・・・10~30mL未満
やや溶けにくい・・・・30~100mL未満
溶けにくい・・・・・・100~1,000mL未満
極めて溶けにくい・・・1,000~10,000mL未満
ほとんど溶けない・・・10,000mL以上

 2) 各医薬品添付文書


 このことから、4種の抗結核薬を全て水薬として調製する場合、どの程度の水(溶媒)が必要になるのかを算出してみます。

※1回服用量と、必要な水の量
リファンピシン・・・450mg (必要な水は45~450mL程度)
イソニアジド・・・・300~400mg (必要な水は3~4mL程度)
ピラジナミド・・・・600~750mg (必要な水は60~75mL程度)
エタンブトール・・・750~1,000mg (必要な水は0.75~1mL程度)

 ワイングラス(140mL程度)くらいで薬を飲む下書きになっていましたので、「リファンピシン」以外の3種であれば概ね溶け切ってしまうだろう、ということになります。
 もし「リファンピシン」も溶かすのであればワイングラスではなく、ビールジョッキ(435mL程度)が必要になります。
 
 ビールジョッキで薬を飲む皇帝陛下は見たくないなぁ・・・というわけで、「リファンピシン」は粉薬として扱って頂くことになりました。

初めての化学療法、苦味と含量低下にも細かく配慮しよう

 粉薬として登場したもう1種は「イソニアジド」です。
 「イソニアジド」は水に溶けやすいのですが、ブドウ糖や乳糖水和物・ピリドキサールリン酸・「リファンピシン」などと混和しておくと、含量低下する恐れがあります3)。

 3) イスコチン原末 インタビューフォーム

 この時ファルマは、「エタンブトール」の苦味をマスクするため、糖類で矯味したシロップとして薬を調剤しています。そのため、「イソニアジド」も配合変化を防ぐために粉薬として扱っています。

 秒単位で含量低下するわけではありませんので、そこまで厳密に気にする必要はないかもしれません。…が、相手は皇帝陛下、しかも、この世界の結核化学療法の先駆けとなる大事な時に、敢えて配合変化するような作り方をすることもないだろう、ということで、「イソニアジド」も粉薬で扱うことになりました。

6話の裏話:父子のやりとりに登場した薬草の話~セイヨウオトギリソウの相互作用

 第6話冒頭で、父子が薬草についてやりとりする部分があります。
 当初は架空の薬草にする流れだったのですが、薬学生もたくさん読んでおられると聞きましたので、ちょっと1つ勉強になるような話を・・・ということで、「セイヨウオトギリソウ」の話を入れて頂きました。

 その結果、異世界感をぶった切る超・現実的なカンファレンスが行われることになりました。
 
 「セイヨウオトギリソウ」は別名「St. John’s wort(セントジョーンズワート)」とも言い、古代ギリシャ時代から鎮痛剤、創傷や火傷・虫刺され用の軟膏など、いわゆる「傷薬」として広く使われてきた歴史があります。
 不眠症や抑うつ状態に対して内服させるという伝統療法も数多く記録が残っていますが、現在ではうつ病に対する効果はプラセボと変わらないとされ、医薬品としては認められていません4)。

 4) 厚生労働省 「統合医療 情報発信サイト」

他の薬の効き目を弱める厄介者

 現代の医療従事者の中では、「セントジョーンズワート」は他の多くの薬と相互作用を起こす厄介なものとして有名です。
 「セントジョーンズワート」を摂取すると、「CYP3A4」や「CYP1A2」といった薬物代謝酵素が誘導されます。そのため、他の薬の分解・代謝を早め、効き目を弱めてしまうことになります(※薬のデザインによっては、逆に効果を強めることもあります)。

 実際、添付文書上で「セントジョーンズワート」が併用注意の項目に記載されている医薬品は400種以上あります。特に、以下のように厳密な血中濃度コントロールが必要な薬の効き目にも影響し、病状を悪化させ得ることが報告されています。

※セントジョーンズワートとの相互作用が報告されている医薬品の例
ジゴキシン(強心薬)
シクロスポリン(免疫抑制薬)
ワルファリン(抗凝固薬)
テオフィリン(喘息治療薬)
カルバマゼピン(抗てんかん薬)

 「セントジョーンズワート」は健康食品に使われていることも多いのですが、薬ではないからと医師・薬剤師に伝え漏れているケースは少なくありません。現実世界でも、医療従事者の知らないところで相互作用による効果減弱は多々起こっているのではないかと考えられます。
 ファルマも、こうした潜在的リスクを避けるために「セントジョーンズワート」をレシピから外すことを提案しています。

代替案として登場した消炎薬「カモミール」

 「セントジョーンズワート」を外す代わりにブリュノが提示したのが「カモミール」です。「カモミール」もまた、今から4000年以上も前から薬草として使われていた歴史の古い生薬です。 
 白い花の「カモミール」から抽出した精油は、非常に鮮やかな青色をしています。この特徴的な青さから名付けられたのが「アズレン」です(※スペイン語で青いを意味するazulから)。

 「アズレン」は現代医療でも『アズノール』として、うがい薬・目薬・外用薬・内服薬が使われています。内服しても「セントジョーンズワート」のように相互作用を起こす心配のない、やさしめの消炎剤です5)。

 5) アズノール細粒 添付文書

8話の裏話:白粉(おしろい)による鉛中毒と、クロエに渡された貧血の薬

 7月27日に公開された最新の第8話では、白粉(おしろい)による鉛・水銀中毒や、不適切な瀉血による貧血がテーマになっています。

 美容に命を賭けるのは今も昔も同じですが、命に関わるような危険な手法が流行することもあります。現代でも「ベラドンナ」を使って瞳を大きく見せようとしたり、健康を害するほどの痩せ過ぎが問題視されたりと、その事例には枚挙に暇がありません。 

鉛白は安くて肌で延びやすく、とても人気があった

 昔の白粉には「鉛白(炭酸鉛:2PbCO3・Pb(OH)2)」や「水銀(塩化水銀Ⅰ:Hg2Cl2)」が使われており、これによる鉛中毒・水銀中毒が起こっていたことは有名です。
 オシロイバナなどを使った無害な白粉もありましたが、特に「鉛白」は安価で手に入りやすく、また肌につけた際の延びが良いため、大変人気があったようです6)。
 
 6) ポーラ文化研究所 化粧文化Q&A

 鉛の吸収経路は「呼吸器」と「消化管」で、皮膚から吸収されるわけではありません。そのため、白粉(おしろい)による鉛中毒は多くの場合、白粉(おしろい)の粉を吸い込んだことが原因です。
 乳母が白粉(おしろい)を使っていた徳川将軍家では、その白粉(おしろい)を乳幼児が舐めて摂取してしまうことで、多くの子どもに鉛中毒が起きていた可能性も指摘されています。

 舞台の白粉(はくふん)を「医薬の道に悖るものだ」とバッサリ切り捨てたブリュノのように、優れた知見と判断力のある人物が居れば良いのですが、現実はそううまくいきません。
 「鉛白」による鉛中毒が問題視され始めたのは明治時代に入ってから、販売が完全に中止になったのは昭和9年になってのことです。原因を突き止め、元凶を排除するには、それだけ長い時間がかかるのです。

クロエの貧血治療薬~飲みなれた水薬を選んだファルマの配慮

 不適切な瀉血で鉄欠乏性貧血になっていたクロエに、ファルマは鉄剤のシロップを渡します。錠剤を飲むことに慣れていない異世界の人々のことを慮った、ファルマらしい剤型選択と言えます。

 現実世界にも、『インクレミンシロップ(一般名:溶性ピロリン酸第二鉄)』という貧血治療のシロップ剤があります。15歳未満にしか保険適用はありません6)が、別に異世界で査定されるわけではないので問題ありません。

 6) インクレミンシロップ 添付文書

 鉄には「第一鉄(2価:Fe2+)」と「第二鉄(3価:Fe3+)」の2種類があり、「第一鉄」は消化管から吸収されやすい、「第二鉄」は消化管から吸収されにくい、という性質があります。そのため、同じ鉄の化合物でも全く別の医薬品として扱われる場合もあります。

※第一鉄と第二鉄で別の医薬品になる例
クエン酸第一鉄・・・貧血治療薬の『フェロミア』
クエン酸第二鉄・・・高リン酸血症治療薬の『リオナ』

 そのため、「第二鉄」を使ったシロップ剤を選んだことで、敢えて吸収の悪い鉄剤を何故使うのだ?という問題が新たに生じました。もちろん、薬を飲めなければ効果はゼロになるので、多少吸収が悪くてもきちんと飲める薬を使う、というのは妥当な対応です。
 また、「第二鉄」は胃内のビタミンC(アスコルビン酸)によって「第一鉄」に変換されるため、『インクレミン』はビタミンCと併用することで「第一鉄」と近い吸収率にまで改善できるとする報告があります7)。

 7) Int J Vitam Nutr Res.74(4):294-300,(2004) PMID:15580812

 このことから、貴族であるクロエであれば日ごろから新鮮な野菜・果物を十分に摂取しているであろうこと、必要があればビタミンCを含む「船乗りの飴」で対応もできることから、「第二鉄」の薬でも治療効果には差し支えないだろう、ということになりました。

薬の凄さと開発の歴史に触れられる物語

 いま我々は、病気になれば当たり前のように薬を使いますが、薬が無かった頃は何が起きていたのか、その薬はどんな悲劇の上に、どんな想いを乗せて開発されてきたのか・・・その開発の歴史を肌で感じられる物語になっています。
 どこまでも患者のことを第一に考える主人公の精神に則り、監修作業も一切妥協することなく「最適な選択」のための情報収集・理論構築を行うようにしています。

 第8話ではいよいよ薬局がオープンし、これから実際の薬剤師と同じ医薬品供給・公衆衛生・防疫といった活躍が見られるはずです。薬学に興味を持つきっかけにもなると思いますので、ぜひ手にとって欲しい物語です。

  
▲「異世界薬局」(作画・高野聖/原作・高山理図/2017年 MFコミックス刊」)

※本記事では、作画担当の高野先生から引用の許可を頂いた画像を一部で使用しています。
※この企画を快諾してくださった原作・高山理図先生、作画・高野聖先生、ありがとうございます。

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■日経メディカル開発
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