『レニベース』・『コバシル』・『タナトリル』、同じACE阻害薬の違いは?~高血圧や心不全に対する効果、空咳の頻度
記事の内容
回答:心不全に使う『レニベース』、安定した降圧効果のある『コバシル』、空咳の少ない『タナトリル』
『レニベース(一般名:エナラプリル)』、『コバシル(一般名:ペリンドプリル)』、『タナトリル(一般名:イミダプリル)』は、いずれも「アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)」です。
『レニベース』は、心不全にも保険適用があります。
『ペリンドプリル』は、24時間の安定した降圧効果を得やすい薬です。
『タナトリル』は、咳の副作用が少なめです。

そのため、心不全には『レニベース』、高血圧には『コバシル』、他のACE阻害薬で咳の副作用が問題になったときは『タナトリル』がよく使われます。
回答の根拠①:心不全治療の使用実績が豊富な「エナラプリル」
ACE阻害薬は高血圧治療の中心となる”主要降圧薬”の1つですが、特に心不全を伴った高血圧に適しています1)。
中でも「エナラプリル」は、軽度~中等度(NYHA分類Ⅱ~Ⅲ)から重度(NYHA分類Ⅳ)の心不全の人の死亡率を軽減する効果がしっかりと確認されている2,3)ことから、心不全に対しても保険適用があります4)。
近年、新薬の登場などで心不全の治療は大きく進歩した5)ため、ACE阻害薬の優先度はやや低くはなりました。しかし、それでも安価で使いやすく、使用実績も豊富な薬として、「エナラプリル」が重要な立ち位置にあることに変わりはありません。
1) 日本高血圧学会「高血圧治療ガイドライン2019」
2) N Engl J Med.325(5):293-302,(1991) PMID:2057034
3) N Engl J Med.316:1429–35,(1987) PMID:2883575
4) レニベース錠 添付文書
5) Eur Heart J.42(6):681-683,(2021) PMID:33447845
適応症に「心不全」が含まれるACE阻害薬
心不全に対して保険適用があるACE阻害薬は意外と少なく、「エナラプリル」のほかには『ロンゲス(一般名:リシノプリル)』だけです。そのため、心不全治療を目的にACE阻害薬を使う場合は、「エナラプリル」か「リシノプリル」を選ぶのが基本です。
回答の根拠②:「ペリンドプリル」の安定した降圧効果~トラフ・ピーク(T/P)比
「エナラプリル」「ペリンドプリル」「イミダプリル」で、血圧を下げる効果に差はありません6,7)。ガイドラインでも「ACE阻害薬」としてひとくくりで扱われている1)ため、高血圧治療においては、特に厳密な使い分けを考える必要はありません。
しかし、「ペリンドプリル」はACE阻害薬の中では最も遅く登場した薬で、従来の薬よりも改良されている点があります。それが、降圧効果が安定していて、1日の中で血圧変動を起こしにくい、という点です。
6) J Hypertens Suppl.13(3):523-30,(1995) PMID:8592249
7) 臨床医薬.13(16):4259-97,(1997)
トラフ・ピーク(T/P)比で優れた「ペリンドプリル」
血圧はただ下げれば良いというわけではありません。1日の間で血圧が乱高下することもまた、脳卒中や心筋梗塞などのリスクになる8)からです。
そのため高血圧の薬は、24時間を通して安定して血圧を下げ続けることができるかどうか、も重要になります。
これを考える際、「トラフ・ピーク(T/P)比」が一つの指標となります。
※「トラフ・ピーク(T/P)比」とは…
「トラフ値」を「ピーク値」で割った比のこと。
→トラフ値:次回の薬を飲む直前、つまり薬の効果が切れる時の降圧値(trough:谷)
→ピーク値:最も薬がよく効いている時の降圧値(peak:峰)

「トラフ値」と「ピーク値」の差が小さければ小さいほど、降圧効果が最大のときと最小のとき(次の服用直前)で血圧に差がない、つまり血圧が変動しにくい薬であればあるほど「T/P比」は100%に近づく、ということです。

高血圧の薬では、この「T/P比」が50%以上あるのが望ましい、とされています9)が、「ペリンドプリル」の「T/P比」は75~100%と非常に大きく、24時間を通して安定した降圧効果が得られる薬だと言えます。
※ACE阻害薬のT/P比 10,11,12)
エナラプリル・・・・40~64%
ペリンドプリル・・・75~100%
イミダプリル・・・・55%程度
8) J Am Soc Hypertens.2(6):397-402,(2008) PMID:20409923
9) 日本循環器学会 「24時間血圧計の使用(ABPM)基準に関するガイドライン(2010年改訂版)」
10) J Hum Hypertens.18(9):599-606,(2004) PMID:15190263
11) Clin Exp Pharmacol Physiol Suppl.19:61-5,(1992) PMID:1395118
12) Br J Clin Pharmacol.45(4):377-80,(1998) PMID:9578185
回答の根拠③:「イミダプリル」の”空咳”の少なさ
「イミダプリル」は、「ACE阻害薬」に特徴的な”空咳”という副作用が少ない傾向にあります13)。
”空咳”はすべてのACE阻害薬で起こり得る副作用で、通常は薬を使い続けているうちに1~4週間ほどで落ち着いてきます14)が、治療を挫折してしまう大きな原因にもなっています15)。
この”空咳”が少なめな「イミダプリル」は、治療を挫折しにくい、継続しやすいACE阻害薬と言えます。
13) J Med Assoc Thai.93 Suppl 1:S48-53,(2010) PMID:20364557
14) Chest.129(1 Suppl):169S-173S,(2006) PMID:16428706
15) Cochrane Database Syst Rev . 2014 Aug 22;2014(8):CD009096. PMID:25148386
ACE阻害薬で”空咳”が出るメカニズム
「ACE阻害薬」は、「アンジオテンシン変換酵素(ACE)」を阻害することによって、血圧の上昇を抑える薬です。
しかし、同時に「ブラジキニン」の分解も阻害してしまうため、身体に「ブラジキニン」が蓄積するようになります。この蓄積した「ブラジキニン」が気道を刺激すると、痰の絡まない乾いた咳(空咳)が出るようになります16)。

16) 総合臨床 45(8):1946,(1996)
薬剤師としてのアドバイス:”空咳”の副作用が問題にならなければ、安くて優秀
「ACE阻害薬」と「ARB」はガイドラインでもよくまとめて語られ、より新しい「ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)」の方が何かと注目されがちです。確かに、「ARB」には”空咳”の副作用がないため扱いやすい薬ではありますが、古くから使われている「ACE阻害薬」の方が値段は安く、使用実績も豊富です。
薬には”古くて優秀なもの”もたくさんあるため、安易に”新しいもの”にばかり飛びつかないことも大切です。
ポイントのまとめ
1. 『レニベース(エナラプリル)』は、心不全に対するエビデンスが豊富で、心不全治療に保険適用もある
2. 『コバシル(ペリンドプリル)』は、24時間にわたって安定した降圧効果が得られる(T/P比75~100%)
3. 『タナトリル(イミダプリル)』は”空咳”が少なく、継続しやすい
薬のカタログスペックの比較
添付文書、インタビューフォーム、その他資料の記載内容の比較
エナラプリル | ペリンドプリル | イミダプリル | |
先発医薬品名 | レニベース | コバシル | タナトリル |
適応症 | 高血圧症(本態性、腎性、腎血管性、悪性) 慢性心不全(軽症~中等症) | 高血圧症 | 高血圧症、腎実質性高血圧症 1型糖尿病における糖尿病性腎症 |
用法 | 1日1回 | 1日1回 | 1日1回 |
発売年 | 1986年 | 1998年 | 1993年 |
ACE阻害薬としての登場順 | 2剤目 | 12剤目(最後) | 8剤目 |
トラフ/ピーク比 | 40~64% | 75~100% | 55% |
咳の頻度 (添付文書記載) | 2.13% | 8.30% | 4.76% |
妊娠中の投与 | 禁忌 | 禁忌 | 禁忌 |
剤型の規格 | 錠(2.5mg、5mg、10mg) | 錠(2mg、4mg) | 錠(2.5mg、5mg) |
先発医薬品の製造販売元 | オルガノン | 協和キリン | 田辺三菱製薬 |
同成分のOTC医薬品 | (販売なし) | (販売なし) | (販売なし) |
+αの情報①:”空咳”を利用した、誤嚥性肺炎の予防
「ACE阻害薬」の副作用である”空咳”を利用することで、誤嚥性肺炎を減らすことができます17)。そのため、誤嚥性肺炎のリスクが高い人には、敢えて”空咳”の副作用が多いACE阻害薬を使うことがあります。
ただし、これはあくまでACE阻害薬の付加価値的な側面として期待できる効果であって、誤嚥性肺炎の予防を目的として誰にでも広く使うことが推奨されているわけではありません。
17) J Gen Fam Med.23(4):217-227(2022) PMID:35800638
+αの情報②:添付文書の”空咳”の頻度は、時代背景の違いに注意
添付文書には、副作用としての「咳」の頻度が記載されていますが、その数字は「新しいACE阻害薬ほど大きい」傾向にあります。しかし、これは「新しいACE阻害薬ほど空咳の副作用が出やすい」ことを意味しているとは限りません。

「カプトプリル」が1983年に初めてのACE阻害薬として登場した頃には、まだACE阻害薬の副作用で咳が出るとは認識されておらず、大部分が”見逃されていた”だけの可能性がある18)からです。
このように、「副作用として広く認識されるにつれてその報告数が増加してくる」…という現象は、他にも「山梔子(サンシシ)による突発性腸間膜静脈硬化症」などでも起きています19)。
18) J Clin Hypertens (Greenwich).25(8):661-688,(2023) PMID:37417783
19) 医薬品情報学.16(1): 16-22,(2014)
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
大変参考になりました。
ありがとうございました。