NNT(Number Needed to Treat)とは何のことか~コストを考える際の利点と、エンドポイント設定の問題点
記事の内容
回答:1人の患者を救うために、どれだけ患者に薬を普及させる必要があるのか
NNT(Number Needed to Treat:治療必要数)は、特定のエンドポイント(死亡や病気の発症など)に到達する患者を1人減らすために、何人の患者が薬を服用する必要があるか、という疫学の指標です。
例えば、ある新薬Aを高血圧患者に飲ませたところ、10人中9人の血圧が下がったとします。この時、血圧が下がったお陰で、1人の心筋梗塞を防ぐことができたとします。この場合、新薬AのNNTは10人ということになります。
※厳密には、プラセボ群・対照群の変化を差し引く必要があります。
※算出方法は、1を絶対リスク減少率(薬とプラセボのリスク差:ARR)で割った値です。
ただし、研究のエンドポイントには軽度なものから死亡など重大なものまで様々なものがあるため、設定したエンドポイントの内容によってNNTの大小が持つ意味が変わることにも注意が必要です。そのためNNTは、薬そのものの有効性や安全性の評価よりも、薬を使うことによる経済的な損得を、統計的に試算する際に重要な指標になります。
NNTの利点:薬による治療のコストがわかる
心筋梗塞による死亡に対するNNTが10の新薬Aと、100の新薬Bがあった場合、 新薬Aと新薬Bの値段が同じであれば、心筋梗塞による死亡者を1人減らすための経済的コストは、新薬Aの方が少ないことになります。
つまり、NNTが小さければ小さいほど、1人の患者を救うために必要なコストは少なくなります。
実際に報告されているNNTの例
12,255:風邪に対する抗菌薬(重症肺炎による入院を回避)
→Ann Fam Med.11(2):165-72,(2013) PMID:23508604
119:HMG-CoA還元酵素阻害薬を食事療法に追加(心筋梗塞やバイパス手術)
→Lancet.368(9542):1155-63,(2006) PMID:17011942
61:心血管疾患リスクの高い50歳以上に対する厳格な降圧治療(心筋梗塞や脳卒中など)
→N Engl J Med.373(22):2103-16,(2015) PMID:26551272
13:抗菌薬投与時の整腸剤によるプロバイオティクス(下痢)
→JAMA.307(18):1959-69,(2012) PMID:22570464
6.9:空腹時血糖値が高めの患者に対する減量・生活習慣の改善(糖尿病の発症)
→N Engl J Med.346(6):393-403,(2002) PMID:11832527
4.0:一般的な口内炎に対するステロイド外用(潰瘍の治癒)
→Am J Med. 2012 Mar;125(3):292-301,(2012) PMID:22340928
NNTの問題点:エンドポイントの設定内容によって、NNTの大小が持つ意味は変わる
NNTには予め「設定されたエンドポイント」があります。このエンドポイントの設定内容によって、NNTの大小が持つ意味も大きく変わります。
例えばエンドポイントが「心筋梗塞による死亡」の場合、一人の人間が死亡するということの経済的損失は極めて大きなものです。そのため、NNTが多少大きくとも、十分な見返りがあると考えられることがあります。
一方、「エンドポイント」は非常に軽症なものに設定することもできます。例えば「入院」などが挙げられます。
入院によって起こる経済的損失が数百万円程度である場合、その「入院」に至る患者を減らすために数千万円規模のコストをかける必要があるのか、といったところには議論の余地があります。
また、当然ながら治療や薬には大小のリスクが付き物です。リスクが小さくない治療や薬のNNTが大きい場合、特定の「エンドポイント」に到達する患者を1人防ぐために、治療の侵襲や薬の副作用によって苦しむ人を何百人も新たに生み出してしまう・・・という本末転倒な事態も起こり得ます。
つまり、NNTの大小だけで薬や治療の価値を語ることはできない、ということです。
薬剤師としてのアドバイス:NNTは、薬価やエンドポイントの内容を踏まえて読む
薬のNNTが同じであっても、薬価によって治療コストは変わります。また、設定されたエンドポイントの内容やリスクによって、NNTが大きくても有益な薬なのか、NNTが小さければ初めて選択肢になる薬なのか、といった評価も変わります。
つまり、NNTで「薬のコストパフォーマンス」を把握するためには、薬価やエンドポイントの内容を踏まえて読む必要がある、ということです。
病気で苦しむ人が居る以上、治療方法を確立させることは大切ですが、医療費高騰が問題になっている現在、それと併せて「薬のコストパフォーマンス」を考えることも重要です(実際、民間の医療保険制度が発達しているアメリカでは、エンドポイントが軽症で、かつ、NNTが大きな薬の場合、支払い請求が拒否されてしまう、といったことが起こっています)。
薬の効果を過大評価して必要以上に使ってしまったり、逆に有益な薬を過小評価して選択肢を狭めてしまったりといったことが減るよう、こうした評価方法もうまく活用して薬の使いどころを考えていくことが大切です。
+αの情報:QOLの延長を評価するための指標「QALY」と「ICER」
治療の効果は「死亡」や「入院」といった客観的な出来事だけでなく、その人の生活の質=QOL(Quality of Life)が改善されるかどうか、といった観点で評価することも大切です。
たとえ死亡リスクを減らせたとしても、QOLが大幅に悪化してしまうのであれば、その治療が有益とは言えないこともあるからです。
この「QOL」を評価する指標として、「QALY」や「ICER」といった指標が利用されることがあります。薬や治療のコストパフォーマンスを考える際には、こうした評価にも注目する必要があります。
・QALY:Quality-Adjusted Life Year(質調整生存年)
生存年数とQOL(Quality of Life)の両方を考慮した尺度で、1QALYは「完全に健康な1年」を表している。単純な生存期間の延長ではなく、生活の質を評価するための指標。
・ICER:Incremental Cost-Effectiveness Ratio(増分費用対効果)
対照と比べ、1QALY延長するために必要となる追加費用のこと。これが一定の基準を下回れば、費用対効果に優れるとされる。日本ではおよそ635~370万円とされている。
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
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