痛み止めの「モルヒネ」は最後の手段で、依存も起こりやすい?~医療用麻薬に対する誤解
記事の内容
回答:最後の手段ではないし、依存も起こりにくい
「がん」などの治療をする際、痛み止めの「モルヒネ」などの医療用麻薬を使うことに躊躇する人は少なくありません。その原因として「モルヒネは最後の手段」というイメージがあったり、「モルヒネ」を使うと依存になる・寿命が縮まるという誤解を抱いていたりすることが挙げられます。
しかし実際には、痛みの程度に合わせて早期から使える痛み止めの選択肢であり、痛みが和らぐのに十分な量を使った方が良い薬です。また、痛み止めとして適正に使用している限り精神依存もほぼ問題になりません。
そのため、「モルヒネ」をギリギリまで我慢したり、多少の痛みは我慢してでも薬の使用量を少なく抑えたり、といったことをする必要はありません。
特に「がん」のような病気では、患者やその家族が積極的に情報収集をする結果、インターネットや書籍の誤った情報や極端な意見によって不必要な不安を煽られるケースが少なくありません。疑問や不安を感じた際には、かかりつけの医師・薬剤師など、専門家の意見を聞くようにしてください。
回答の根拠①:「モルヒネ」は、最後の手段ではない
「がん」では、痛みの強さが生存期間と強く相関するという報告もある1)など、痛みが治療の際に非常に大きな問題になります。そのため、強い痛み止めである「モルヒネ」などの医療用麻薬を使います。
1) J Pain Symptom Manage.32:532-540,(2006) PMID:17157755
このとき、「モルヒネ」のことを「末期の人が頼る最後の手段」だと思っている人は多く、処方された時点で意気消沈してしまうことは少なくありません。
しかし、「モルヒネ」はそんな「最後の手段」としてしか使えない薬というわけではありません。
実際、WHO(世界保健機関)が定める「鎮痛薬使用の5原則」では、「患者の予測される生命予後の長短にかかわらず、痛みの程度に応じて躊躇せずに必要な鎮痛薬を選択すること」が重要とされています2)。
2) WHO方式がん疼痛治療法の5原則
つまり、ギリギリまで使わない方が良い薬なのではなく、むしろ早めの内から選択肢として考えるべき薬だということです。
回答の根拠②:「モルヒネ」は、十分な量を使った方が良い
「モルヒネ」は医療用麻薬という言葉から、多少の痛みは我慢してでも、なるべく少ない量で使った方が良いと考える人も少なくありません。
しかし、実際のがん治療では、「モルヒネ」を300mg未満の低用量で使うよりも、300mg以上の高用量を使った方が、生存期間は長くなることが報告されています3)。
3) Cancer.101(6):1473-1477,(2004) PMID:15368335
つまり、「モルヒネ」の使用量を少なく抑えることにあまり意味はなく、むしろ「モルヒネ」を十分な量で使って痛みを和らげた方が、QOL(生活の質)だけでなく、生存期間にも良い影響を与える可能性がある、ということです。
ただし、「モルヒネ」の効き目には個人差が大きいため、単に「モルヒネ」を300mg以上に増やせば良いというわけではなく、その人の痛みを十分に和らげることができる量を個々に設定し、十分な量で使うのが大切だということです2)。
回答の根拠③:「モルヒネ」で精神依存が起こらない理由
「モルヒネ」を使うと精神依存になってしまう、と心配する声も多いですが、「モルヒネ」は痛み止めとして適切に使っている限り、精神依存は問題にならないことが長年の臨床実績からわかっています4)。
4) 日本緩和医療学会 「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン」
通常、健常な人が「モルヒネ」を使うと、脳で「ドパミン」が異常に遊離され、精神依存を形成することがあります。しかし、「がん」に限らず身体に痛みを感じている人では、この「ドパミン」遊離が非常に少なくなるため、精神形成を起こす恐れがほとんどありません。
炎症性疼痛の場合
炎症性疼痛が生じている場合には、脳では「ダイノルフィン」の遊離が起こっています。
この「ダイノルフィン」が、μ受容体とは逆の作用を持つκ受容体に作用するため、「モルヒネ」による「ドパミン」遊離にブレーキがかかります5)。
5) Neuropsychopharmacology.30:111-118,(2005) PMID:15257306
神経障害性疼痛の場合
神経障害性疼痛が生じている場合には、脳では「β-エンドルフィン」の遊離が起こっています。
この「β-エンドルフィン」がμ受容体へ継続的に作用すると、μ受容体は機能低下を起こすため、「モルヒネ」による「ドパミン」遊離が少なくなります6,7)。
6) Neuroscience.116(1):89-97,(2003) PMID:12535942
7) Trend s Pharmacol Sci.31:299-305,(2010) PMID:20471111
薬剤師としてのアドバイス①:因果関係を逆向きに解釈してしまうことに注意
「がん」の治療において、「モルヒネ」の使用量が多い人ほど寿命が短い、という「イメージ」は確かにあります。
これは、がんが進行すればするほど痛みも強くなり、痛みが強くなればなるほど「モルヒネ」の使用量も多くなる傾向があるからです。しかし、これは「モルヒネ」の使用量が生存期間に影響しているわけではありません。因果関係が逆になっていることに注意が必要です。
薬剤師としてのアドバイス②:痛みの強さは、具体的・客観的に医師に伝える
「痛みの強さ」は主観的なもののため、なかなか具体的・客観的に伝えることが難しい症状です。しかし、これを主治医としっかりと共有することは、痛みのコントロールにおいて極めて重要です。
伝えるべき内容を細かく伝え、十分に痛みが和らぐ量の「モルヒネ」を使って、痛みの少ない生活を送ることを強くお勧めします。
※伝えるべき内容の例
1.定期的に使っている痛み止めの名前と、飲んだ時間
2.臨時(レスキュー)で使った痛み止めの名前と、飲んだ時間
3.痛みの強さ(例:0~10の数値で)
4.どんな時に痛むのか(例:1日中、動いた時、寝るときなど)
5.夜は眠れているか
6.吐き気や便秘はあるか
+αの情報:早期からの緩和ケアは、生命予後も改善する可能性がある
「モルヒネ」に限らず、「緩和ケア」も最後の手段だと考えている人は少なくありません。しかし、この「緩和ケア」についても、早期のうちから導入することで生活の質(QOL)を高め、さらに生命予後も改善する可能性が示唆されています。
8) J Pain Symptom Manage.32:532-540,(2006) PMID:17157755
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
回答①の引用文献ですが,「早期緩和ケア」が有効なのであって,モルヒネを使うことが直接効果を示しているかは不明だと思います。しかも論文で言われている,「早期緩和ケア」の内容は,リアルワールドで行うとなるとなかなか実現不可能と思います。加えて,生存期間が延長したデータはあくまでサブ解析であり,解釈には注意が必要と記事を拝見していて思いました。もちろん,モルヒネ(オピオイド)の誤解を解くという面ではagreeです。駄文失礼致しました。
ご指摘大変ありがとうございます、確かに文献1についての言及は改めた方が良さそうだと思いました。
新しい報告や類似文献も参考にしつつ、周辺を書き直してみますm(__)m