”悪魔の証明”とは~まだ一度も確認されていない副作用でも、「起こらない」とは言えない
「この薬を飲んだら血圧が上がる?」という質問をされた際、我々薬剤師はまず医薬品の添付文書を確認します。添付文書は医薬品に関する情報として「法的根拠」を持つ正式な書類です。
この添付文書に”血圧が上がる副作用”が記載されていた場合には、必要に応じてその事実をお伝えしますが、記載されていなかった場合でも「血圧は絶対に上がりません」とは言えません。
そのため、「この薬の影響で血圧が上がる可能性は考えにくいので、もし血圧が上がった場合には別の原因を考える方が妥当です」という返答になります。
この”歯切れの悪い返答”は、なにも薬剤師が責任逃れをしているわけではありません。”無い”と証明することは非常に困難なのです。
”無い”と証明するのは難しい
”無い”ことの証明が難しいという有名な例に、【悪魔の証明】があります。
例えば、この世に「フクロウ」が”存在する”ことを証明したい場合には、実際に「フクロウ」を捕まえれば証明できます。このように、”存在する”ことを証明するのは、実例を示せば良いので非常に簡単です。
ところが、この世に「悪魔」が”存在しない”ことを証明したい場合には、これを証明する手段はありません。今日まで悪魔が姿を現さなかったことが、存在しないことの根拠にはならないからです。たまたま今日まで姿を現さなかっただけで、明日姿を現すかもしれない・・・そんな一言で簡単に反論できてしまいます。
添付文書に載っていない副作用も、この「悪魔」と同じものです。今日まで副作用が確認されていないことが、明日からも絶対に起こらないことの根拠にはならないのです。
副作用の予測は難しいから、補償制度がある
薬が効き過ぎて起こる副作用や、薬を分解・代謝する肝臓や腎臓に負担がかかって起こる副作用などは、ある程度の予測が可能です。
しかし、未知の副作用を予測することは極めて難しいものです。そのため、どんな薬にも「現在の科学技術では全く予測できない副作用」が潜んでいる可能性があるのも事実です(実際、「光学異性体」という存在が明らかになっていなかった時代に「サリドマイド事件」が起こっています)。
こうした未知のリスクがあることから、たとえ細心の注意を払って薬を使っていても副作用を100%回避することは難しいとして、国は副作用が起きてしまった場合の補償制度「医薬品副作用被害救済制度」を設けています。この制度では、副作用で受けた被害の重さに応じて年金を受給することができます。
ただし、この制度は「薬を正しく使っていた場合」に限ります。医師・薬剤師の指示に従わず自己流な使い方をした場合や、他人の薬を使った場合などは対象外になります。
薬は危ないものだから使わない・・・のではなく、正しく使う
自動車事故を起こすかもしれないから、絶対に自動車には乗らない、という人は滅多に居ません。それは自動車事故というリスクと、自動車の便利さを天秤にかけて、便利さが遥かに勝るからです。
しかし、万が一の事故に備えて、きちんと「リスク回避」と「リスク管理」を行っています。
・リスク回避・・・安全運転に努めること
・リスク管理・・・自動車保険に入ること
安全運転をするから自動車保険に入らなくて良い、というわけではないことは周知の事実です。これは、「リスク回避」と「リスク管理」という全く別の次元の対策だからです。
薬も同じで、副作用があるかもしれないから薬を飲まない、という生活は大変不便です。薬によって受けられる恩恵は、遥かに大きなものです。
そのため、自動車と同じように「リスク回避」と「リスク管理」の両方を意識して使う必要があります。
・リスク回避・・・用法・用量を守り、医師・薬剤師の指示に従って、正しく使う
・リスク管理・・・「救済制度」の対象外にならないよう、他人の薬を使ったりしない
古い薬は、使用実績が豊富
薬は研究・開発の段階で、統計学上に十分な数の臨床試験を行いデータを揃えているため、未知の副作用というものはそう頻繁に起こるものではありません。
そのため、常に新薬の方が優れているというわけではなく、古く使用実績が豊富な薬の方がより安心である、という考え方もできます(例:古い薬である『ワーファリン』が今でも広く使われている理由)。
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