『マイスリー』と『ハルシオン』、同じ睡眠薬の違いは?~ω受容体の選択性と相互作用
記事の内容
回答:転倒のリスクや相互作用が少ない『マイスリー』、より速く効く『ハルシオン』、
『マイスリー(一般名:ゾルピデム)』と『ハルシオン(一般名:トリアゾラム)』は、どちらも寝付きが悪いタイプの不眠症に使う、「超短時間型」の睡眠薬です。
『マイスリー』は、夜起きた際の転倒リスクが少なく、飲み合わせの悪い薬も少ない睡眠薬です。
『ハルシオン』は、「超短時間型」の中でも特に速く効きます。
そのため、『マイスリー』は夜トイレによく起きる、他に併用している薬が多い高齢者でも使いやすい薬と言えます。ただし『マイスリー』も『ハルシオン』も、一時的な避難として使う程度に留め、薬に頼り切りにならないよう注意する必要があります。
回答の根拠①:『マイスリー』の弱い筋弛緩作用~ω1とω2受容体の違い
『マイスリー』と『ハルシオン』は、どちらも中枢の「ω受容体」に作用します。この「ω受容体」には2種類あり、それぞれ異なる特徴を持っています1)。
※2種類ある「ω受容体」
ω1受容体:睡眠に関与する「小脳」や「大脳新皮質」に多い(催眠作用)
ω2受容体:筋肉の緊張に関与する「脊髄」に多い(筋弛緩作用)
1) Science.290(5489):131-4,(2000) PMID:11021797
『ハルシオン』は、「ω1受容体」と「ω2受容体」の両方に作用するため、「催眠作用」だけでなく「筋弛緩作用」も強力です。そのため、緊張の強い、神経症的な不眠に効果的です。
しかしその反面、夜間に起きた際には足元がふらつきやすくなります。特に夜間にトイレに起きることが多い高齢者では、これが転倒・骨折のリスクになってしまいます。
一方『マイスリー』は、「ω1受容体」だけに作用します2)。そのため、こうした転倒・骨折のリスクが少ない睡眠薬と言えます。
2) マイスリー錠 インタビューフォーム
実際、筋弛緩作用の弱い『マイスリー』や『ルネスタ(一般名:エスゾピクロン)』などの非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬(Z-Drug)では、転倒率が低かったとする報告もあります3)。
3) 新薬と臨牀.64(12):1468-3,(2015)
回答の根拠②:他の薬との相互作用~『ハルシオン』と「CYP3A4」
『ハルシオン』は、主に「CYP3A4」という酵素で代謝・分解されます4)。
この「CYP3A4」は、他にも多くの薬の代謝にも使われる上、この「CYP3A4」の働きを邪魔する薬もたくさんあります。こうした薬と『ハルシオン』を一緒に使うと、『ハルシオン』の代謝・分解が遅くなり、中毒症状を起こす恐れがあります4)。
4) ハルシオン錠 インタビューフォーム
一方、『マイスリー』は「CYP3A4」だけでなく「CYP2C9」や「CYP1A2」など他の代謝酵素によっても代謝・分解されます。そのため、「CYP3A4」が競合・阻害されてもそれほど大きな影響を受けません。
実際、『ハルシオン』には一緒に使えない禁忌の薬が非常にたくさんありますが、『マイスリー』に禁忌の薬はありません2,4)。
※『ハルシオン』と併用禁忌の薬
抗真菌薬(イトラコナゾール、フルコナゾール、ホスフルコナゾール、ボリコナゾール、ミコナゾール)
HIVプロテアーゼ阻害剤(インジナビル、リトナビル等)
エファビレンツ
テラプレビル
回答の根拠③:『ハルシオン』の鋭さ~ジアゼパム換算と中枢神経への移行
『ハルシオン』0.25mgと『マイスリー』10mgは、どちらも「ジアゼパム換算」で同じ力価とされています5)。
5) 臨床精神薬理.9(7):1443(147)-1447(151),(2006)
そのため通常量で使っている場合、それほど効き目に大きな違いはありません。
ただし、『ハルシオン』は0.5mgまで増量できるため、その場合は『ハルシオン』の方が高い効果が期待できます。
また、『ハルシオン』は服用後15分以内に大脳などの中枢に到達します3)。そのため、10~15分程度で効き目が現れると考えられます。これは、『マイスリー』など他の「超短時間型」と比べても、特に速い効果と言えます。
薬剤師としてのアドバイス①:寝付きが悪い不眠と、熟睡できない不眠は、別の薬を使う
『マイスリー』と『ハルシオン』は、どちらも作用時間の短い睡眠薬で、寝付きの悪い「入眠障害」の治療に用いる睡眠薬です。
ひとことに「不眠症」と言っても、寝付きが悪い不眠(入眠障害)と、熟睡できず何度も目が覚めてしまう不眠(中途覚醒)では、別の睡眠薬が必要です。
主治医と不眠について相談する場合には、寝付きが悪いのか、熟睡できないのか、あるいはその両方なのか、できるだけ症状は具体的に伝えるようにしてください。
薬剤師としてのアドバイス②:睡眠薬を使うのは簡単だが、まずは使わない方法を考える
寝付きをよくする睡眠薬の中でも、『マイスリー』は副作用も少なく、特に気軽に使える睡眠薬です。
しかし、睡眠薬はあくまで一時避難的なものです。
不眠治療は、目覚めたら朝日を浴びる、日中は身体を動かす、カフェインを控える、寝室は暗くする、布団の中でスマートホンなどの明るい画面を見ない…といった生活習慣の改善を中心に行う必要があります。
そのため、まずは「薬無しでもなんとかできないかどうか」を考え、睡眠薬はどうしても必要な場合に限って使うのが鉄則です。
ポイントのまとめ
1. 『マイスリー』と『ハルシオン』は、寝付きを良くする睡眠薬
2. 『マイスリー』は、「筋弛緩作用」が弱く転倒のリスクが少ないほか、相互作用も少ない
3. 『ハルシオン』は、作用が速く、また用量によっては『マイスリー』より強力
添付文書、インタビューフォーム記載内容の比較
◆薬品名の由来
マイスリー:My Sleepの略
ハルシオン:風や波を静め、凪を呼ぶ古代ギリシャの伝説の鳥「Halcyon」に由来
◆薬効分類
マイスリー:非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬(Z-Drug)
ハルシオン:ベンゾジアゼピン系の睡眠薬
◆適応症
マイスリー:不眠症(統合失調症・躁うつ病に伴う不眠症は除く)
ハルシオン:不眠症、麻薬前投薬
◆不眠に対する用量
マイスリー:5~10mg
ハルシオン:0.125~0.5mg
◆最高血中濃度到達時間(tmax)
マイスリー:0.7~0.9時間
ハルシオン:1.2時間
◆中枢に到達する時間
マイスリー:30分以内
ハルシオン:15分以内
◆半減期
マイスリー:1.78~2.3時間
ハルシオン:2.91時間
◆併用禁忌の薬
マイスリー:なし
ハルシオン:抗真菌薬(イトラコナゾール、フルコナゾール、ホスフルコナゾール、ボリコナゾール、ミコナゾール)、HIVプロテアーゼ阻害剤(インジナビル、リトナビル等)、エファビレンツ、テラプレビル
◆剤型の種類
マイスリー:錠(5mg、10mg)
ハルシオン:錠(0.125mg、0.25mg)
◆製造販売元
マイスリー:アステラス製薬
ハルシオン:ファイザー
+αの情報①:保険適用上の注意
『マイスリー』は、躁うつ病や統合失調症に伴う不眠症状には適応がありません。これは、睡眠薬による対症療法より、原疾患の治療を優先すべきだとする立場によるものとされています4)。
+αの情報②:男女で異なる『マイスリー』の代謝
『マイスリー』は女性で代謝が遅いほか、高齢者では半減期が2.2倍になるなど、性別や年齢によっては翌朝に薬が残りやすくなります2)。作用の短い薬と油断することなく、薬を飲んだ翌朝早くの自動車運転は控えるなど、事故防止のための意識が必要です。
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
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