抗不安薬や睡眠薬での急性薬物中毒と、医師の過剰処方の問題について
抗不安薬や睡眠薬を過剰服用して急性薬物中毒を起こした患者の約4割が、添付文書上の用量を超える処方をされていたとする調査が、報道されています。処方権は医師にありますので、薬物中毒を起こすほどの量の薬を、患者が求めたからと安易に処方した医師に問題があるのは言うまでもありません。また、そうした処方を調剤している薬剤師にも責任があります。
しかしこの問題を、”精神科の医師が薬を出し過ぎだ”とだけ糾弾するのは短絡的です。何故そういった薬を出すことになるのか?という背景を考えることも必要です。
自己申告の症状から判断しなければならない難しさ
まず前提として、添付文書上の用法・用量通りに薬を使っていさえすれば、全ての患者が満足な効果を実感できるのであれば、医師も薬剤師も苦労はしません。 薬の効果というものは、とにかく”個人差”が大きいことに苦労します。同じ薬を同じ量使っていても、とても良く効く人、少し効く人、あまり効かない人、全く効かない人が出てきます。
そのため、添付文書上の用法・用量を守っているだけでは、”患者の求める結果”を得られないことが多々起こり得ます。
特に不安や不眠といった症状は、血圧や血糖値のように数値で客観的に重症度を把握できません。患者の自己申告から症状を判断しなければならないのです。「この薬を飲んでもまだ眠れない」と言われたら、睡眠薬を追加で処方せざるを得ない面があるのです。
患者は、わかりやすい”解決策”を求めて病院を訪れる
患者は、わかりやすい”解決策”を求めて病院を訪れます。眠れないから、睡眠薬をもらう。不安だから、抗不安薬をもらう。これ以上にわかりやすい”解決策”はありません。もし貴方が、「眠れないから困った」という状況で病院に行ってみたところ、医師からこのように言われたらどう思うでしょうか。
「この症状であればまず睡眠習慣を見直す方が良い、まずは日中は軽い運動をして、日没後にはカフェインを摂らず、就寝前にはテレビや携帯電話の画面を見ず、寝る時は部屋を暗くして・・・云々。だから薬は必要ないよ。」
「そんなことはわかってる、それでも眠れないから薬が欲しいんだ!」と、思ってしまうのではないでしょうか。
薬を出してくれる医者=良い医者、という誤った認識
上記のように、”薬を使わずに解決しよう”とする医師は、恐らく本当の意味で患者のことを考えてくれています。しかし、患者はもっとわかりやすい”解決策”、つまり薬を求めて別の病院へ行ってしまうのではないでしょうか。そして、「あの病院はダメだ、患者が苦しんでいるのに、薬を出してくれない」といった悪印象を持ってしまうのではないでしょうか。
こうなると、患者の求めに応じて薬を出している方が、”良い医者”と認識され、病院は繁昌します。
もちろん、評判を気にして薬を安易に処方するような医師に問題があるのですが、患者側の”薬を出してくれる医者=良い医者”という認識を改めることも必要です。
「寝てたら治る」と言ってくれる医者は、大切にしなければなりません。
薬剤師としてのアドバイス:限られた診察時間で、必要なことを正しく伝えるためにできること
時に、患者の症状が正しく医師に伝わっていないために、本来必要ではない薬が処方されてしまう、ということも起こります。先述の通り、不眠や不安は患者の自己申告によるところが大きいため、患者側も必要なことを正しく伝えなければなりません。医師の診察時間は、1時間も2時間もあるわけではありません。場合によっては1分にも満たない時間であることもあります。その限られた時間で、必要なことを正しく伝えなければなりません。
医師も超能力者ではないので、診察室で見えないことはわかりません。自分から伝える必要があります。その努力は、患者が行わなければなりません。
貴方は診察室で、「眠れないです」としか医師に伝えていない、ということはないでしょうか。
同じ「眠れない」にしても、「毎晩、眠れない」のか、「ときどき、眠れない」のかによって、症状の重さは大きく異なります。
同じ「眠れない」にしても、「寝付きが悪い」のか、「夜中に目が覚める」のかによって、使う薬は全く異なります。
また、自分が最終的に何を求めているのか、という治療のゴールも伝えているでしょうか。
「薬の力を借りてでも、毎日欠かさずぐっすり眠れるようになりたい」のか、「少し症状が楽になれば、それであとは薬には頼りたくない」のかによって、治療方針は大きく変わります。
今の自分の症状や、最終的にどういう状態になりたいのか、ということは、診察室に入る前に考えをまとめておきましょう。そうすることで、診察室では”もっと深いところ”の話ができるようになります。
貴重な診察時間を、「毎日眠れないのですか?それとも時々眠れないのですか?」という確認作業に費やしてしまうのは、非常にもったいないことです。
医師に口で伝えるのが難しければ、メモ用紙に書いて渡しても良いのです。
家でゆっくりと落ち着いて、「いま困っていること」、「どういう状態になりたいのか」を書いておきましょう。定期的に通っているのであれば、「前回と比べて楽になったこと」や「前回と比べて辛くなったこと」を書いて渡すのも良い方法です。
医師と患者のあいだにも、円滑なコミュニケーションがあることが正しい関係です。医師に任せっきりにしてしまったり、患者が思い込みで薬を要求したりすることは、決して正しい関係ではありません。
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
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