『アクトス』と膀胱がんの関連は~アメリカでの懲罰的賠償金6100億円の問題
2型糖尿病治療薬『アクトス(一般名:ピオグリタゾン)』によって”膀胱がん”が発生した、と主張する裁判がアメリカで起こりました。そして2014年4月、アメリカの連邦地裁の陪審は、『アクトス』の製造販売元である日本の「武田薬品工業」に対して60億ドル(約6170億円)の懲罰的賠償金の支払いを求めました。
先月末、和解金24億ドルによってこの事件は和解に向けた合意がなされたと発表され、一旦は収束することになりました。
この騒動、そもそも本当に『アクトス』で膀胱がんのリスクが増加するのか?という科学的根拠が乏しい点や、”懲罰的賠償金”の金額が極めて雑な決め方がされている点など、多くの不可解な点がありますが、武田薬品工業は裁判が長引くことで財務上の不確実性が増すという点から、和解に踏み切ったとされています。
※2015年8月、欧州も因果関係を否定する報告を行っています。
『アクトス』と膀胱がんの因果関係は?
武田薬品工業は、『アクトス』と膀胱がん発症との間の因果関係を示す、信頼に足る科学的根拠は無い、としています1)。
そのため、和解には応じたものの、『アクトス』によって膀胱がんになった、という原告側の主張には根拠がない、という立場は崩していません2)。
1) 2014年10月28日 武田薬品工業「米国ルイジアナ州における2型糖尿病治療剤「アクトス」に起因する膀胱がんを主張する製造物責任訴訟の審理後申し立てに対する決定について」
2) 2015年4月29日 武田薬品工業「米国における2型糖尿病治療剤「アクトス」に起因する膀胱がんを主張する製造物責任訴訟の和解に向けた合意について」
実際、『アクトス』と膀胱がん発症リスクについて研究したデータは色々と存在します。
因果関係があるのではないかと問題提起する文献として例を挙げると、24ヶ月以上使用していた場合に、膀胱がんの発症リスクが上昇(95%信頼区間:1.03~2.0)したという報告があります3)。
3) Diabetes Care.34(4):916-22,(2011) PMID:21447663
※ときおり、この文献から”膀胱がんになるリスクが2倍になる”と書いているブログ等を見かけますが、これはやや問題のある誇張表現になります。
統計では「95%信頼区間」という指標を使います。これは、本当に正確な詳細値は誰にもわからないが、その正確な値が95%の可能性でこの区間に含まれている、ということを意味しています。
つまり、「95%信頼区間:1.03~2.0」というのは、膀胱がんの発症率が上昇するが、その上昇率は103~200%の間に含まれると考えるのが妥当、ということです。決して200%になると決まっているわけではありません。
また、米国FDAは2010年に『アクトス』の長期服用で膀胱がんのリスクが高まる可能性がある、と発表しています。
一方、2014年12月3日のオンライン版Diabetologiaでは『アクトス』と膀胱がん発症リスクについて、4ヶ国で行われた6件の臨床試験データを解析した結果、因果関係は認められなかったという報告がなされています4)。
4) Diabetologia.58(3):493-504,(2015) PMID:25481707
この研究では、これまでに複数の研究で矛盾する結果が報告されている点に着目し、この矛盾は症例数が少ないことや、そもそも糖尿病の人は健常人よりも膀胱がんになりやすい可能性など、いわゆる”バイアス”を排除仕切れていない問題点を指摘しています。
この問題点を解消するため、複数の臨床試験データを集めて解析し、実際に『アクトス』を服用していた期間をと膀胱がんの発症を比較すると共に、他の糖尿病治療薬についても同様の比較を行っています。
このように専門家の間でも意見が分かれている問題でもあります。しかし、意見が分かれているということは、本当は因果関係など無いのかもしれないのに、武田薬品工業はアメリカで多額の懲罰的賠償金を支払わされた可能性もある、ということです。
正当な懲罰的賠償金か?
懲罰的賠償金とは、高額の賠償金で加害者を「懲らしめる」と同時に、世間への「見せしめ」として再発防止を広く知らしめるのが目的です。
しかし、当初の60億ドルという通常は考えられないような高額な金額は、たったの45分間で陪審が決めてしまったと報道されています5)。
5) 2014年4月21日 産経新聞
これでは、アメリカが自分の国のメーカーが作った糖尿病薬を売りたいがために、現在売れている『アクトス』を悪者にして売上を落としてしまえという行動に出たのではないか、という憶測が飛び交うのも無理はありません。
本来であれば、少なくとも因果関係があるのかないのか、信頼に足る科学的根拠を示して議論を尽くすべきですが、それをせずに賠償金を支払えというのは、いかがなものなのでしょうか。
医療の現場では・・・
これまで『アクトス』を使っていて糖尿病の症状が落ち着いている人に対して、いきなり違う薬へ変えることはまた別のリスクがあります。実際のところ、膀胱がんとの因果関係ははっきりとしていませんし、武田薬品工業は全面的に否定しています。そんな不確かな情報によって治療方針を変更するのは得策とは言えません。
実際、『アクトス』が新たに処方されることは減ってきているかもしれませんが、これはDPP-4阻害薬やGLP作動薬など、糖尿病治療には新たな薬が登場しているという要因もあります。
今年の5月の大型連休直前に和解の合意がなされ、武田薬品工業のMRは急遽、連休返上で全国を飛び回ったと聞きます。この問題は、本当に患者の安全という点について議論されていたのか、アメリカが糖尿病薬の市場を奪いたいがためにふっかけた問題なのか、いずれにせよ多くの人が振り回される結果になったことは喜ばしいことではありません。
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
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