「患者には出すけど、医師が飲まないクスリ」というコラムが拡散されていることについて
表題のような記事がネット上で拡散されていますが、以下の7点から反論を述べます。1.既に因果関係が否定されたものを、さも正しいかのように紹介している点
2.薬を正しく使わなかった時に起こるリスクを、薬の欠点として紹介している点
3.薬を必要としている人の気持ちを踏みにじっている点
4.根拠もなく効果が低いと書いている点
5.薬に対しての認識が甘く、基本的な注意事項すら知らない点
6.治療効果と、進行を抑える効果を混同している点
7.診断ミスで起きた副作用を、薬のせいにしている点
反対意見①:既に因果関係が否定されたものを、さも正しいかのように紹介している点
記事の中で、『タミフル(一般名:オセルタミビル)』は、飛び降りなどの異常行動を起こすために飲みたくない、という意見が紹介されています。個人的に”飲みたくない”と発言するのは構いませんが、医師という立場で公に”飲みたくない”と意見することがどれだけの影響力を持つかを考えて頂きたいと思います。そもそも『タミフル』と異常行動の因果関係は、現在では否定されています。
これは、今さら天動説を唱えるくらい、ナンセンスです。
反対意見②:薬を正しく使わなかった時に起こるリスクを、薬の欠点として紹介している点
薬は正しく使いましょう。正しく使わないことのメリットはありません。『タミフル』等のインフルエンザの薬は、ウイルスの増殖を防ぐ薬であって、ウイルスを退治する薬ではありません。そのため、ウイルスが完全に増えてしまってから飲んでも意味はありません。これは薬の特徴として当たり前のことです。
それ故に、『タミフル』等の添付文書にも抗インフルエンザ薬は、発症から48時間以内に飲むこととされています。そもそも48時間以降に飲むことは、薬の正しい使い方ではありません。それを”初期にしか効かない”と表現するのはいかがなものかと感じます。
自動車は空を飛ばないから役立たずである、というくらい、よくわかりません。元から飛びません。
反対意見③:薬を必要としている人の気持ちを踏みにじっている点
スギ花粉に対する減感作療法に使う『シダトレン』や、ダニアレルギーの減感作療法に使う『アシテア』といった薬があります。こうした薬は、アレルギーを根本治療できる可能性があるとして期待されています。確かに、記事に書いてある通り、3年以上毎日続ける必要があることは大変でしょう。しかし、大変だから嫌だとは、本当に病気で辛い思いをしていないから言えることです。
世の中には、本当に辛い思いをして、薬を待ち望んでいる人がいます。そういった人が居るにも関わらず、こともあろうか医療従事者が自ら「飲みたくない薬」と断じることは、いかがなものかと思います。
反対意見④:根拠もなく効果が低いと書いている点
この記事では、花粉症に対して使用する「抗ヒスタミン薬」などの薬が、”副作用が強く、症状を抑える効果も低い”と紹介されています。いったい、何と比較してどう低いのか、全く何の根拠もありません。飲み屋で酔っ払いが「今年の阪神は弱い!」というくらい、無責任な発言です。個人的な発言ならば構いませんが、医師としてそういった発言をするのは許されるものではないと思います。
反対意見⑤:薬に対しての認識が甘く、基本的な注意事項すら知らない点
痛風の薬『ユリノーム(一般名:ベンズブロマロン)』には、肝障害の副作用があります。そのため、薬を使っている期間は定期的に血液検査を行うことが義務づけられています。これは、薬の添付文書の一番上に、赤字で記載してあります。添付文書を開けば嫌でも目につきます。製薬メーカーもたびたび注意喚起を行い、患者向けの情報発信も行っています。
この基本的な注意事項を知らずに、”薬を使っていたら尿が赤くなって、何だろう?”と思う医師というのは、本当に医師なのでしょうか。あまりに薬に対して無知だと思います。そんな医師に薬を処方される患者は可哀そうとすら思います。
反対意見⑥:治療効果と、進行を抑える効果を混同している点
アルツハイマー型認知症の薬、『アリセプト(一般名:ドネペジル)』等は、この記事において”効果がない”と断言されています。「認知症に効く」とは一言も書かれていないが、儲かるから出しているとすら書かれています。まずそもそも、効果がないものを薬として売ると、薬事法違反になります。『アリセプト』等の薬は、「認知症の進行を抑える効果」が証明されている薬です。認知症になった人に飲ませたら、認知症がすっきり治る、というものではありません。
この記事は、病気を治療する効果と、病気の進行を抑える効果の違いすらわからない人が書いたものなのでしょうか。
反対意見⑦:診断ミスで起きた副作用を、薬のせいにしている点
『オメプラール(一般名:オメプラゾール)』等のPPIと呼ばれるタイプの胃薬は、胃酸の分泌を抑えることで、胃炎や逆流性食道炎の治療をする薬です。確かに、”胃もたれ”を訴える患者には、胃酸が出過ぎているタイプと、胃酸が出ていないタイプとがあります。胃酸が出ていないことで胃もたれを起こしている患者に、更に胃酸の分泌を抑える薬を使うと効果がない、そんなものは当たり前の話です。
患者の訴えから病気を診断し、数ある薬の中から正しい薬を選択するのは、医師の仕事です。胃酸が出過ぎているのか、出ていないのか、きちんと検査せずに診断が誤っていたことによって起こる副作用を、薬のせいだと断じるのは、あまりに酷い責任転嫁だと思います。
最後に:寝ていたら治る、と患者を帰すわけにはいかない病院の事情
ここまで全面的に反対意見を述べてきましたが、最後に医師や病院としての事情という観点からの意見です。患者は病院にどういったことを期待して来るのでしょうか。「早く元気になりたい」という思いで、病院を訪れることがほとんどだと思います。そういった目的で来られた患者を、「寝てたら治るよ」といって何の薬も処方せずに帰すことは、正しいことでしょうか。
確かに、風邪などの感染症は、たいてい水分と栄養の補給をしながら安静に寝ていればそのうちに治ります。しかし、早く治すためにはどうすれば良いのか・・・例えば体力を温存できるように、咳やくしゃみは薬で止めて、高過ぎる熱は下げて、痛みは抑えて・・・といった薬を使うことになります。
こうした事情によって、本当に必要な薬に加えて、患者が欲しがるから処方する薬、といったものが出てきてしまうことがあります。
また、医師であれば、体調が変わった時に自分で対応・判断ができます。そのため、本当にいざという時まで「寝て治す」スタンスを続けることは可能です。
しかし、一般人は病院で診察を受けなければその診断をしてもらえません。だから、より確実に治療するために薬を使う、という点から薬を使うこともあります。
医師のこうした特殊な事情から、「自分なら使わない」という薬が存在することは、あり得ることかもしれません。しかし、それはあくまで特殊な事情であるから使わないのであって、一般人が使わないことを推奨するものでも何でもありません。
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