HPVワクチンで防げる悲劇を、誤解や偏見で増やさないために~子宮頸がんの予防効果と安全性
記事の内容
はじめに
ワクチンの是非についてはいつも強調していますが、ワクチンを妄信的に信じて絶対に受けろと言っているわけではありません。接種する・しないのリスクを正確に知り、冷静に判断するのが大切です。誤解や偏見を元にした感情的な判断をしては、いつか後悔することになるからです。
少なくとも、世界保健機関(WHO)や日本産科婦人科学会をはじめ、多くの医療従事者が接種を推奨していることとその理由は、知っておいて欲しいと思います。
回答の根拠①:子宮頸がんのリスクと、ワクチン接種のメリットとリスク
HPVワクチンを受けるかどうかの判断は、「ワクチン接種」のメリットとリスクのどちらが高いか、という評価によって行うことが大切です。
ただし、この時に間違った情報や偏った意見を元に判断してしまっては、どちらを選んでも将来に後悔してしまうことになります。そのため、正確な情報にあたることが何よりも大切です。特にインターネットやSNSでは、HPVワクチンについての誤解や偏見、デマが非常に頻繁に発信されていることに注意が必要です。
「ワクチン接種」のメリット
「子宮頸がん」は、生涯で74人に1人の女性が罹患し、年間3,000人もの人が亡くなっている病気です1)。特に20~30代の発症では、たとえ死亡することはなくても、妊娠できなくなることや子育て・仕事への悪影響も大きな問題となっています。
この「子宮頸がん」は「前がん病変(CIN)」を経て起こりますが、HPVワクチンはこの「前がん病変」を大きく減らす効果が示されています2,3)。この事実をもって、HPVワクチンで「子宮頸がんを予防できる」という世界的な合意に至っています。
実際、検診とワクチン接種の両方を普及させることによって「子宮頸がん」は2059年までに撲滅(※10万人に4人以下の罹患率)できるとの見解4)も示されており、2017年時点で世界71ヶ国で接種されています5)。また、「子宮頸がん」以外のがんに対する予防効果も報告され始め、男性にも接種している国もあります5)。
1) 厚生労働省 「人口動態統計2015年」
2) Lancet.394(10197):497-509,(2019) PMID:31255301
3) BMJ. 2019 Apr 3;365:l1161,(2019) PMID:30944092
4) Lancet Oncol.20(3):394-407,(2019) PMID:30795950
5) 国立感染症研究所「HPVワクチンに関するWHOポジションペーパー 2017」
「ワクチン接種」のリスク
一時期大きく報道された運動障害などの多様な症状については、名古屋市に住民票がある中学3年~大学3年相当の女性7万人以上を対象にした調査で、ワクチン接種群と非接種群でいずれも発症頻度の増加は確認されず、ワクチン接種が原因で起こるものではないと結論付けられています6)。
また、ワクチン接種をした日本人女性を48ヶ月間追跡調査した研究でも、他のワクチンと比べて特別に重篤な有害事象が多いといったような傾向は観察されていません7)。
ただし、注射部位の痛みや頭痛・倦怠感・発熱などの軽度な症状は他のワクチンと同様に確認されていること、アナフィラキシー等のアレルギーが96万回に1回程度、脳脊髄炎などの症状は430万回に1回程度の頻度で現れることが報告されており8)、ワクチンも完全なゼロリスクというわけではありません。
6) Papillomavirus Res.5:96-103,(2018) PMID:29481964
7) J Infect Chemother.25(7):520-5,(2019) PMID:30879979
8) 厚生労働省 「子宮頸がん予防ワクチンの接種を受ける皆さまへ」
そのため、これらワクチン接種のリスクと、ワクチンを接種せずにHPV感染するリスクのどちらをとるか、ということが判断の1つの基準になります。
ワクチン接種の「メリット」と「リスク」の捉え方は
メリットやリスクの捉え方は人それぞれ、多様な考え方があって当然ですが、薬剤師として意見を述べるのであれば、「ワクチン接種」のリスクよりも「子宮頸がん」のリスクの方が遥かに高く、「ワクチン接種」で得られるメリットは非常に大きいと言えるため、ワクチン接種をお勧めします、となります(HPVワクチンは今でも「定期接種」のため、期間内であれば無料で接種することができます)。
なお、2019年10月には、報告された全ての有害事象(=因果関係の有無を問わない)がワクチン接種によるもの(=副反応)だと仮定しても、ワクチン接種の有益性がリスクを上回ると結論づけた論文も発表されています9)
9) J Infect Chemother. 2019 Oct 10. [Epub ahead of print] PMID:31607433
「検診をしていれば大丈夫」という意見もありますが、検診でできるのは「早期発見」であって「予防」ではありません。「がん」と診断されることのショック、その後ずっと通院・治療し続けなければならない負担などを考えれば、ワクチン接種で予防できるに越したことはありません。
因果関係の有無と、患者救済の必要性は全く別の話
厚生労働省や医療従事者が「因果関係を否定することによって、患者の救済を放棄しようとしている」という意見がありますが、これは誤りです。ワクチンとの因果関係の有無に関わらず、運動障害などの症状に苦しむ人の救済は当然すべきものです。 実際、「風邪」の診察であっても、「風邪になった理由」によって治療の必要性が変化することはありません。どんな理由・原因であれ、体調不良に陥った人がいれば治療を行うのが医療です。
ところが、これまでに因果関係を示唆する研究結果が全く得られていないにも拘わらず、「ワクチンが原因だ」と決めつけることによって、例えば正確な診断や治療から遠ざけられてしまう、安全性・有効性が認められていないステロイドのパルス療法や免疫吸着療法といった高額で負担の大きい未承認の治療が実験的に行われてしまう、ワクチンを接種していない人の類似症状に対する理解がされないといった事態も起こっています。
いま必要なのは、原因を問わず体調不良に陥った人に対する安全かつ有効な治療法の確立であって、根拠のないデマでワクチンを危険なもののように語ることでも、ワクチン接種を勧める医療従事者を誹謗中傷することでもないはずです。
HPVワクチンに対する、日本の現状
日本のメディアは、HPVワクチンの接種が始まった直後に、因果関係が確認されていない有害事象をまるでワクチンが原因の症状であるかのような過熱した報道を行いました。
その結果、「HPVワクチンは危険なもの」という誤解が広まり、日本人のHPVワクチン接種率はほぼ0%に近い水準にまで低下してしまいました10)。このような状況が続くと将来、「日本だけ突出して、子宮頸がんによる死者が多い」という事態を招くことにもなりかねません。
こうした日本の危機的状況を憂慮し、世界保健機関(WHO)は繰り返しワクチンの安全声明を出しています11)。また、日本産科婦人科学会も一貫してHPVワクチンの接種勧奨再開を要望する声明を発表しています12)。
ところが、日本の大手新聞社は2013年以降、ワクチンの有害事象や訴訟問題ばかりを扱い、安全性や有効性の報告、WHOや学会の声明などはほとんど報道していません13)。そのため、日本人はいま「正確な情報」を得る機会すら奪われている状態だと言えます。
10) Lancet.27;385(9987):2571,(2015) PMID:26122153
11) 世界保健機関(WHO)ワクチンの安全性に関する専門委員会 「HPVワクチンの安全性に関する声明」 (2014)
12) 日本産科婦人科学会 「子宮頸がん予防ワクチン(HPVワクチン)接種の勧奨再開を求める声明」 (2015)
13) BMC Public Health.19(1):770,(2019) PMID:31208394
これからのHPVワクチンのために~安心して接種を受けられる環境作りを
いま運動障害に苦しむ人たちにとって必要なことは、その障害の治療・ケアです。
いま日本の若い女性に必要なことは、子宮頸がんのリスクを減らすために、ワクチン接種の機会を得ることです。
非科学的・非論理的な感情論を述べることでも、ワクチンに関して根拠のないデマを拡散することでも、治療と称して有効性・安全性の確認されていない高額な未承認の治療に誘導することでもありません(※2019年10月の日薬学術大会分科会26での質問について)。
いま、日本国民はワクチンの接種機会を、ワクチンに関する正確な情報を得る機会を奪われている状態にあります。そのため、公衆衛生を司る薬剤師として、少しでも正確な情報にたどり着けるように情報提供・発信していくとともに、日本の現状やついて問題提起していくことが重要と考えています。
ポイントのまとめ
1. 子宮頸がんは年間3,000人が亡くなる病気だが、ワクチンで防げるものがある
2. 大きく報道された運動障害や疼痛は、ワクチン接種をしていない人にも同頻度で起こっている
3. ワクチンの有効性や安全性・WHOや学会の声明は、いま日本で全く報道されていない
4. いま必要なのは、原因を問わず体調不良になった人の治療法の確立と、ワクチン接種の機会
日本産科婦人科学会の「子宮頸がんとHPVワクチンに関する正しい理解のために」もぜひ参照してください。
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