『パキシル』は、18歳未満の大うつ病性障害患者に効果はないのか~小児への「プラセボ」の大きな効果
記事の内容
回答:7~17歳への投与で、プラセボに対する優位性が認められなかった
海外で実施されたプラセボとの比較試験で、7~17歳への『パキシル(一般名:パロキセチン)』の投与では、大うつ病性障害への有効性が確認できなかったとする報告があります1)。
1) J Am Acad Child Adolesc Psychiatry.45(6):709-19,(2006) PMID:16721321
この報告を根拠に、2013年3月29日付けの厚生労働省医薬食品局安全対策課長通知によって、『パキシル』等のSSRIだけでなく、『サインバルタ(一般名:デュロキセチン)』等のSNRI、『リフレックス(一般名:ミルタザピン)』等のNaSSAの添付文書には、画一的に”慎重に検討すること”という注意書きが記載されています。
ただし、気を付けるべきことは、『パキシル』では改善効果がゼロであった、というわけではなく、極めて大きな改善効果を発揮した「プラセボ」と差がなかった、という点です。『パキシル』の有用性を議論するためには、まずこの文献の中身を正しく知る必要があります。
回答の根拠:なぜ、『パキシル』の効果が無い、と結論付けられたのか
この試験では、7~11歳の患者において、本来は効果が無いはずの「プラセボ(偽薬)」で、非常に大きな改善効果が得られています。
このことが影響し、『パキシル』と「プラセボ」の治療効果に有意差がつかなかったと考えられています。
うつ病の評価基準である「CDRS-Rスコア」を24.3ptも減らす(良くなる)というのは、通常であれば”治療効果がある”と評価されるほどの改善です。
実際、これはSSRIである「フルオキセチン」の有効性が証明された試験2,3)での、「フルオキセチン」の改善効果に匹敵するほどの数値の変化です。
2) Arch Gen Psychiatry.54(11):1031-7,(1997) PMID:9366660
3) J Am Acad Child Adolesc Psychiatry.41(10):1205-15,(2002) PMID:12364842
本来、治療効果がないはずの「プラセボ(偽薬)」でこれほど大きな改善効果が得られたのには、何らかの理由があるはずです。でなければ、「プラセボ」でSSRIと同等の改善効果が得られるはずはありません。
詳しい回答①:離脱率の差による、LOCFの影響
この試験では、うつ病の改善度を評価する「CDRS-Rスコア」を、「LOCF:Last Obsevation Carried Forward」という解析方法で行っています。
「LOCF」は、試験中に離脱するなどして欠側値が発生した場合、離脱が発生した時点から遡って最終の測定値を代入して解析を行なう方法です。
ここで、『パキシル』群と「プラセボ」群の離脱率を見てみると、7~11歳の小児の『パキシル』群の離脱率が群を抜いて高いことがわかります。
その離脱の大半は治療開始から1週目で、その時点ではまだ「CDRS-Rスコア」もほとんど変化していません。
このとき、離脱した場合のデータは解析から外されるのではなく、「LOCF」という方法によって、最終の値が代入されます。
つまり、7~11歳の『パキシル』群のデータには、1週目で治療を止めてしまった人のデータが多分に含まれていることになります。
こうした、改善に至る前に離脱してしまったデータが影響し、『パキシル』の治療効果が過小評価された可能性があります。
詳しい回答②:投与量の差は、非線形薬物の『パキシル』で数字以上に大きな差になる
また、文献内では使用された『パキシル』の用量が7~11歳で18.9mg/day、12~17歳で21.8mgと少なかったことについても言及されています。
この用量設定は、若年層にも効果があると結論づけた他の文献4)での用量(28mg/day)よりも、やや少なく設定されています。
4) J Am Acad Child Adolesc Psychiatry.40(7):762-72,(2001) PMID:11437014
『パキシル』は、投与量と血中濃度が単純に比例するわけではなく、少しの増量で血中濃度は大幅に増加していく”非線形薬物”に該当します。
そのため、投与量では18.9mgと28mgと60%程度の差ですが、実際の血中濃度ではそれ以上に差が大きくなり、治療効果にも大きな影響を与えていると推察されます。
更に、『パキシル』群ではコンプライアンスも悪く、必ずしも『パキシル』が全て正しく服用されたわけではない可能性についても言及されています。
まとめ:同じ18歳未満でも、7~11歳の小児には特別な対応が必要
文献ではこうした点も踏まえた上でも、自殺リスクを考慮すれば7~17歳の大うつ病性障害には『パキシル』は適さない、という結論で結んでいます。
現在、この結論部分の”『パキシル』は18歳未満のうつ病には効果がない”という点だけが強調されています。
しかし、その内容はあくまで、極めて大きな改善効果を発揮した「プラセボ」と差がなかった、ということであり、”何も治療しない”ことと同じであった、効果がゼロだったという意味ではありません。
この試験で『パキシル』の有効性を証明できなかったのは、7~11歳の小児で「プラセボ」が極めて大きな改善効果を発揮した、ということが原因の一つであると考えられます。
事実、小児のうつ病治療に際して、「プラセボ」が高い治療効果を発揮した、という報告は他にも存在しています4,5)。
5) J Am Acad Child Adolesc Psychiatry.16(1-2):59-75,(2006) PMID:16553529
何の効果も副作用もない「プラセボ」でも治療効果が変わらないのであれば、わざわざお金を払って薬を使う必要はありません。
更に、『パキシル』だけでなく「抗うつ薬」には、自殺のリスクを高める可能性(アクチベート・シンドローム)も示唆されています。とりわけ『パキシル』の自殺リスクは、FDAによる”ブラックボックス警告(処方箋医薬品で最も強い警告)”もされています。
このことから、特に7~11歳の小児に対しては、安易に『パキシル』等の抗うつ薬を処方することは避け、「認知行動療法」などの治療を優先的に取り入れるべきと考えるのが妥当です。
ただし、『パキシル』には全く改善効果がない、と断言できるものでもないため、特に12~17歳のうつ病に対して治療方法の一つとして選択肢に挙げることは、決して間違った考えではありません。
+αの情報①:『レクサプロ』という選択肢
同じSSRIでも、『レクサプロ(一般名:エスシタロプラム)』は12~17歳の大うつ病性障害に対しても、改善効果が証明されています6)。
12~17歳の大うつ病性障害に対してSSRIの使用を考えるとき、『パキシル』よりも『レクサプロ』を選択肢として挙げる方が、より賢明と言えます。
6) J Am Acad Child Adolesc Psychiatry.48(7):721-729,(2009) PMID:19465881
+αの情報②:「不安障害」は別に考える
この検討で有効性に疑問を投げかけたのは、「大うつ病性障害」です。
『パキシル』は他のSSRIと異なり、パニック障害、強迫性障害、社会不安障害、外傷後ストレス障害といった「不安障害」にも適応があります7)。
7) パキシル錠 添付文書
こうした「不安障害」への有効性や、大人のうつ病に対する効果にまで疑問を呈する必要のあるものではありません。
薬剤師としてのアドバイス:治療しなくて良い、という意味ではない
この結果は、小さな子どもの場合は薬による治療をしなくて良い、ということを意味するものではありません。
むしろ、特に7~11歳の小児で「プラセボ」が大きな改善効果を発揮したということは、”きちんと薬を飲んで、治療をしている”と小児本人が感じられることが、極めて大きな意味を持つ、ということを示唆しています。
うつ病に限らず、中耳炎などの感染症でも「大人がきちんと服薬の意義を説明し、それを理解して子どもが服用する」というプロセスの重要性は広く知られています。
インターネット上にも『パキシル』に対する否定的な意見は非常に多く存在します。その結果、『パキシル』に限らず、子どもに処方されたSSRIやSNRI、NaSSAといった抗うつ薬を、親の自己判断で飲ませない、というケースはたくさん起きています。
こうした行為は、小児にとっても決して良いことではありません。
もし処方された薬に疑問や不安がある場合には、医師その旨を相談し、処方意図を確認したり、場合によっては自分の希望や考えを正しく伝えて薬を変更してもらうなどの対応をしてもらいましょう。
その際、どう伝えれば良いのか、何を考えれば良いのか、何から始めれば良いのかわからない、という場合には、薬剤師が一緒に考えることもできますので、ぜひ薬局で相談してみてください。
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
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