「ARB」と「ACE阻害薬」、同じ高血圧治療薬の違いは?~効果と副作用、使用実績の差
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回答:副作用が少ない「ARB」、臓器保護効果が高めで使用実績も豊富な「ACE阻害薬」
「ARB(アンジオテンシン受容体Ⅱ拮抗薬)」と「ACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)」は、どちらも高血圧治療の中心「主要降圧薬」として広く使われている薬です。
「ARB」は、「空咳」などの副作用が少なく、治療を続けやすい薬です。
「ACE阻害薬」は、心臓や腎臓を守る効果が高めで、古い薬であるぶん使用実績も豊富です。

そのため、通常の高血圧治療や、副作用が問題になる場合には「ARB」が使われますが、心不全などの疾患がある場合には「ACE阻害薬」の方が優先的に選ばれています。
回答の根拠①:作用メカニズムの違い~レニン・アンジオテンシン系を阻害するポイント
血圧が下がり過ぎると、脳に血液が届かず死んでしまいます。そのため、ヒトには血圧を維持する「昇圧システム」が備わっていますが、その一つが「レニン・アンジオテンシン系」と呼ばれるシステムです。「ARB」と「ACE阻害薬」は、この「レニン・アンジオテンシン系」の別々の場所に作用し、血圧を下げる作用を発揮します。

■「ARB」:アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(AngiotensinⅡ Receptor Blocker)
→「アンジオテンシンⅡ」が「アンジオテンシンⅡ1受容体(AT1受容体)」に結合することを阻害し、血圧を下げます。
(具体的な薬の例):アジルサルタン、ロサルタン、カンデサルタン、オルメサルタン、テルミサルタン、バルサルタン、イルベサルタン
■「ACE阻害薬」:アンジオテンシン変換酵素阻害薬(Angiotensin Converting Enzyme Inhibitors)
→「アンジオテンシンⅠ」を「アンジオテンシンⅡ」に変換する酵素「アンジオテンシン変換酵素(ACE)」を阻害することで、血圧を下げます。
(具体的な薬の例):カプトプリル、リシノプリル、エナラプリル、ペリンドプリル、イミダプリルなど
回答の根拠②:ARBの強み~「空咳」の副作用が少なく治療を続けやすい
「ARB」は、「ACE阻害薬」に比べると副作用が少ない傾向にあり、特に「空咳」をほとんど起こさないため、治療を継続しやすい1,2,3)、という強みがあります。

「ACE阻害薬」では、使い始めに5~35%ほどの人に痰のからまない咳(空咳)の副作用が現れることがあります4)。特に日本人は、この空咳の副作用が出やすい傾向にあり5)、「ACE阻害薬」による治療を挫折してしまう最大の原因になっています6)。
そのため、「ACE阻害薬」では副作用で治療を続けられなかった人や、あるいは最初から咳の副作用を避けたい場合には、「ARB」が優先的に選ばれる傾向があります。
1) Cochrane Database Syst Rev . 2014 Aug 22;2014(8):CD009096. PMID: 25148386
2) BMJ.326(7404):1427,(2003) PMID:12829555
3) J Clin Hypertens (Greenwich).25(8):661-688,(2023) PMID:37417783
4) Chest.129(1 Suppl):169S-173S,(2006) PMID:16428706
5) BMJ.332(7551):1177-81,(2006) PMID:16679330
6) Lancet.362(9386):772-6,(2003) PMID:13678870
「空咳」の副作用が「ACE阻害薬」でだけ起こる理由
「空咳」の副作用が「ACE阻害薬」だけで現れるのには、作用メカニズムの違いが関係しています。
「ACE阻害薬」は「アンジオテンシン変換酵素(ACE)」の働きを阻害しますが、これによって「ブラジキニン」の分解も一緒に阻害されます。そのため、「ACE阻害薬」を使うと「ブラジキニン」が分解されずに身体に溜まりやすくなります。すると、蓄積した「ブラジキニン」が気道を刺激して喉の違和感となり7)、咳を引き起こします。

この「空咳」は特に生命に関わるようなものではなく、薬を止めれば1~4週間ほどで治まります4)が、薬を中断できない場合には、別の「ACE阻害薬」に変更する、あるいは「ARB」に切り替える6)ことがあります。
なおこの副作用は、身体機能の衰えた高齢者の「誤嚥性肺炎」を防ぐ目的で利用されることもあります8)。
7) 総合臨床.45(8):1946,(1996)
8) Lancet.357(9257):720-1,(2001) PMID:11247586
回答の根拠②:ACE阻害薬の強み~”効果”で優れるという報告も多い
高血圧を治療する目的は、単に血圧を下げることではなく、高血圧が原因で起こる心筋梗塞や脳卒中などのトラブルを防ぐことです。こうしたトラブルを防ぐ効果に関して、基本的に「ARB」と「ACE阻害薬」はほぼ同じとされています1,9,10)。
このことから、高血圧の治療では特に区別はされておらず、ガイドラインでも「ARB」と「ACE阻害薬」はどちらも「主要降圧薬」として”ひとくくり”で扱われています11)。そのため、通常の高血圧治療では、副作用が少なくて治療を挫折しにくい「ARB」がよく用いられています。
9) Int J Cardiol.217:128-34,(2016) PMID:27179902
10) Hypertension.78(3):591-603,(2021) PMID:34304580
11) 日本高血圧学会 「高血圧治療ガイドライン(2019)」
臓器保護効果は「ACE阻害薬」の方がやや優れる
一方で、「ACE阻害薬」には降圧作用とは独立した臓器保護効果がある12)とされ、特に心不全13,14)や慢性腎臓病15)などを伴う高血圧に対しては、「ARB」よりも優れた効果が報告されています。
実際に心不全治療においては、ガイドラインでも「ACE阻害薬」を優先的に選択し、副作用などの問題で薬を続けられない場合にのみ「ARB」を選ぶこと、とされています16)。

こうした背景から、心不全や慢性腎臓病などの疾患も伴っている高血圧には「ACE阻害薬」の方が優先的に選ばれることがあります。
12) J Hypertens.25(5):951-8,(2007) PMID:17414657
13) BMC Cardiovasc Disord.17(1):257,(2017) PMID:28982370
14) J Hum Hypertens.33(3):188-201,(2019) PMID:30518809
15) Am J Kidney Dis.67(5):728-41,(2016) PMID:26597926
16) 日本循環器学会 「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2025)」
薬剤師としてのアドバイス:空咳の副作用が問題にならなければ、安い「ACE阻害薬」は優秀
一般的に、新しい薬の方が値段は高くなります。「ARB」と「ACE阻害薬」を比べてみても、新しい「ARB」の方がやや高価です。
高血圧治療は長く続ける必要があるため、1錠の値段はわずかな差であっても、年単位で考えると経済的な負担には意外と大きな差が出てきます。そのため、「空咳」などの副作用が特に問題にならない場合には、安い「ACE阻害薬」で治療をする、ということも良い選択になります。
特に、古い薬はそれだけ”使用実績”が豊富で、より確立された治療法でもあります。そういった意味では、「ACE阻害薬」は安くて優秀な、コストパフォーマンスに優れた薬であるとも言えます。
自分の身体だけでなく、お財布事情にもあった治療が続けられるよう、医師・薬剤師と相談することをお勧めします。
ポイントのまとめ
1. 「ARB」と「ACE阻害薬」は、どちらも主要降圧薬の一角
2. 通常の高血圧治療では、空咳などの副作用が少ない「ARB」がよく使われる
3. 心不全や慢性腎臓病を伴う場合、臓器保護効果の高い「ACE阻害薬」が優先される
薬のカタログスペックの比較
添付文書、インタビューフォーム、その他資料の記載内容の比較
ARB | ACE阻害薬 | |
正式名称 | アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(AngiotensinⅡ Receptor Blocker) | アンジオテンシン変換酵素阻害薬(Angiotensin Converting Enzyme Inhibitors) |
作用メカニズム | 「アンジオテンシンⅡ」が「アンジオテンシンⅡ1受容体(AT1受容体)」に結合することを阻害 | 「アンジオテンシンⅠ」を「アンジオテンシンⅡ」に変換する酵素「アンジオテンシン変換酵素(ACE)」を阻害 |
主な薬剤 | アジルサルタン、ロサルタン、カンデサルタン、オルメサルタン、テルミサルタン、バルサルタン、イルベサルタン | カプトプリル、リシノプリル、エナラプリル、ペリンドプリル、イミダプリルなど |
空咳の副作用 | ない | ある |
高血圧治療ガイドライン11) | 主要降圧薬として並列 | 主要降圧薬として並列 |
心不全診療ガイドライン16) | ACE阻害薬を使えない場合に選択 | 優先 |
最初の薬の登場年 | 1998年(ロサルタン) | 1983年(カプトプリル) |
妊娠中の使用 | 禁忌 | 禁忌 |
他の主要降圧薬との配合剤 | ある | ない |
+αの情報①:「ARB」と「ACE阻害薬」の併用は、基本的にしない
「ARB」と「ACE阻害薬」を併用した場合、有効性は変わらず、腎障害などの副作用だけが増加することが報告されています17,18)。 そのため、「ARB」と「ACE阻害薬」は基本的にどちらか一方を選ぶもので、併用は推奨されていません。
17) Lancet.372(9638):547-53,(2008) PMID:18707986
18) N Engl J Med.358(15):1547-59,(2008) PMID:18378520
+αの情報②:日本で「ARB」が好まれる理由~使い勝手の良さ
現在、日本では「ACE阻害薬」よりも「ARB」の方がよく使われています19)。これには、「ARB」の副作用の少なさ2)、そして副作用が少ないことによる治療継続率の高さ20)が関係している、と考えられます。カタログスペック上は「ACE阻害薬」の方がやや優れているとしても、きちんと薬を使い続けられなければ元も子もないからです。
また、高血圧の治療継続に重要なキーアイテムとなる配合剤21)も、「ARB」のものしか存在しない、という点も重要な違いです。
19) 医療薬学.43(1):9-17,(2017)
20) Am J Med.125(9):882-7,(2012) PMID:22748400
21) Int J Cardiol.220:668-76,(2016) PMID:27393848
~注意事項~
◆用法用量はかかりつけの主治医・薬剤師の指示を必ずお守りください。
◆ここに記載されていることは「原則」であり、治療には各々の環境や状況により「例外」が存在します。
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